聞くところでは、最近は屋上へ出られない学校が増えているらしい。
幸いにして私の学校は下校時刻まで随時出入り可能で、昼食を摂る姿はもとより合唱練習を見かけることもある。
今日のように美術部室が使えない日は、何人かに目撃されても構わないが内容を聞かれたくない話をするには、うってつけの場所ではある。
程なくして、意外に早く傾き始めた夕日を背にペントハウスから人影が現れた。逆光でその表情が見えなくともその人とわかる特徴的なツインテールを揺らして、ゆったりと彼女はこちらへと歩んで来る。
「お待たせしちゃったかしら」
「いや、私も今来たところだ」
女同士でなければ恋人同士のような挨拶だな、と思わず笑いそうになった。
ペントハウスから離れ、校庭の方へ連れ立って歩き出すとようやく相手の表情が見える。特に拒絶も怒りもない穏やかな表情に、無意識のうちに安堵した。
「氷室さんは今日は部活はいいのかしら?」
「ああ、うちはあまり出席に煩くないのでな。それより、忙しいところわざわざ御足労願ってすまない」
「いいえ、構わないわ。私も一度氷室さんとは親しくお話したいと思っていたもの」
「―――――と言うのは?」
あの時、決定的瞬間を捉えたとは思ったものの、この場での切り出し方はこの期に及んで迷っていた。そこへ彼女のこの言葉は食いつくのに格好だった。
「―――――そうね。色々あるけど、非凡な人ってところかしら」
彼女の表情はあくまで穏やかに見える。
「そうだろうか?学業はそれほどとも言えんし、蒔の字にはたまにそれらしい事を言われるがあ奴の存在の方がよっぽど非凡と思うので考えた事も無かったが。しかし遠坂嬢に言われるとそうなのだろうかと言う気がしてくるな。ああ、そう言えば」
ここだ。
「最近惚れた男が出来てから、日々自分が変わり続けているように感じる、というのはあるかも知れん」
言った。平静を保つつもりでいるが、少し私の表情は硬くなっているかもしれない。
「―――――素敵なことだと思うわ。それは」
にこりと微笑って、長めのツインテールをかき上げながら彼女は言った。半分夕日に照らされたその表情からは打算らしきものは見出せなかった。
「そうか。遠坂嬢のような人にそう言われると心強いな。ところでおそらくはそれに関連してだと思うが、最近貴女の視線を感じる事が多かったのだがそれは何故だろうか?」
「あら、それは不快だったらごめんなさいね。最近、私の友人の事を見ている視線があるような気がして、つい見てしまってたわ」
一応、そろそろ固有名詞の確認をしていいだろう。
「その友人とは衛宮の事、で宜しいか?」
「そうね。ところで氷室さんの好きな人って伺ってもいいかしら?」
「ああ、衛宮で相違ない」
今度は私もにこりと笑えた。
「さて、私の方にはもう隠す事は何もない。不躾ながら幾つか伺いたい事があるのだが宜しいだろうか」
「私が答えられるようなことなら」
「まず一つ。貴女は衛宮の事が好きなのか?」
「友人としてなら別だけど、恋愛感情という意味なら当面NOだと思うわ」
「当面NOと思う?」
ほんの少し意地悪さげな表情を作って聞いてみた。
「今の氷室さんならきっと分かってもらえるでしょうけど、自分の感情全ては把握出来ていないでしょう?それに今日の氷室さんは昨日の氷室さんが予想した程度に衛宮くんの事が好きだったかしら?」
成る程至極尤もではある。これは失礼した、と軽く詫びて更に続けた。
「二つ目。あの時美綴嬢を見ていた事には、どういう意味があるのか?」
「それは特には理由はないわ。強いて言うなら女の子が衛宮くんに話しかけてるのを見て氷室さんはどうするのかなってちょっと下世話な気持ちだったかもしれないわ。気に障っていたら謝るし、今後控えるわ」
遠まわしに美綴嬢も衛宮の事が好きなのかと聞いてみたつもりだったが、これは答える気はないという意思表示のように聞こえた。
「ではこれが最後。ごく最近の事なのだが、衛宮の表情がおかしいと思う事がある。惚れた身で言うのもなんだがひょっとしたらなんらかの軽い精神的な疾患なのかとも思ったのだが、遠坂嬢はそういったことを衛宮から感じた事があるか?」
「――――――あるわ」
豹変。