そのまま、衛宮は『あの夜』に関わる事を話してくれた。
『聖杯戦争』という魔術師同士のバトルロイヤルがあったこと。
あたしがそれに巻き込まれて、『ライダー』という『サーヴァント』に襲われた事。
衛宮は実際にはその場に居なかった為具体的になにがあったかは知らない。が、おそらく噛まれたのだと思うという事。
既に聖杯戦争は終了していて、『ライダー』というのももう居ない。今後あたしの身に何か起こる事はまず無い事。
は、はは。魔術ね。リアルかよ。
アタマおかしくなりそうだ。
それにこんな説明ではさっぱりだ。確かに直接的な経緯は判った。だが、
聖杯戦争って何?それはどう終わったんだよ?
魔術って今でも使えるのか?
遠坂は何なんだよ?
ライダーって?そのマスターって何者だよ?
衛宮の説明を真とすれば、謎が深まっただけだ。
あるいは衛宮はちょっと電波受信中のイタい奴なのか?遠坂とセットで?
話の桁が十数年間常識人として生きてきた、あたしの頭脳を大分超えてきた。
・・・・・・・・・・・・落ち着け。自分なりに、整理しよう。
自分に関係する事だけ、理解しよう。
―――二つの疑問だけ、ある程度判れば。
あたしは前に向かって生きよう。ファンタジーの世界とは関係ない、凡人として。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。信じる」
「・・・・・・・・・・・・・・言っといてなんなんだが、マジで?」
「ぶっちゃけ信じがたい。ついでにわけわかんないよ。ただ、少なくとも『衛宮は本当のことを喋っているつもりだ』ということはわかった。ところで」
二つの疑問、それは。
「・・・衛宮は、マスターの一人だったんだね」
「・・・ああ。でも、もう関係なくなった。終わったから」
「あと、さっきさ。『もうあんな目には遭わせない』って言ったじゃん。それって明らかに『俺のせいでお前が襲われました』って言い方だよね」
「衛宮はあたしが襲われた事とどういう関係が有るの?あたしはなんで襲われたの?」
「・・・・・・・・・・・・その頃美綴は、知らずにライダーのマスターの逆恨みを買ってたんだ。いや、美綴の行動は何一つ悪くなかった。俺が保証する。・・・俺は、ライダーのマスターはカッとしやすい事を知ってたから、美綴が襲われるかもしれない、と予見できる立場だった。いや、予見できるべきだった。・・・それにきちっと行動を起こせば阻止できたはずなのに」
「守ってやれなかった。すまん。もし、あれ以来今でも辛い事があって、何か俺に出来る事があるならなんでもする」
貴女が赤信号無視の車に轢かれるのを傍観してました、だからすみません。貴女が轢かれたのは私のせいです。
この馬鹿はどこまで馬鹿なのかと心底イラつくのに、なんか妙に背筋にこそばゆく気持ち良い感覚が湧き上がるのは何故なんだろう。
「あと、これが最後。もう、この先これ関係の話は聞かない。・・・あたしの極親しい友人で、その聖杯戦争の関係者っているのかい?ってのはさ、過去はどうあれこれからもそいつとは仲良くしていきたいから。何も知らない、一凡人として」
なんなんだろう、この衝動は。
ややあって、衛宮から予想通りの人名が告げられる。彼女もマスターであったと。
やはり今ではもう単なる一学生なので、変わらず接して欲しいとも。
おそらくは彼女と衛宮の間で極秘としたであろう秘密があっさりと告げられる。
まず間違いなく、あたしだけに。
衛宮から向けられる恐ろしく純度の高い誠意の心地良さに、ぞくりと震えた。
――――あの夜の事は『衛宮のせいじゃない』という事をつきとめて、教えてやろうと思っていたのに。
もしこんなに気持ち良いなら。
もしこんなに背中の両手が温かいなら。
――――暫くは衛宮のせいのままでも、いいのかも。
-----------------------------------------
「ん、判った。満足した」
そう言って、あたしは衛宮の上から身体を引き上げた。
「えっと、あとお願いなんだが。聖杯戦争の話は墓場まで持って行って欲しいんだけど」
「話したところで誰か信じるかねぇ?」
分かってるよ、と応えると更に念を押された。
「校内で、美綴と親しくない人でもちょっと巻き込まれた人もいたから。その人たちの為にも、例えば弓道部とかでも喋らないでくれ」
「承知承知」
意外にしつこい。あたしの中では、もういいかという感じなんだけど。
「うん、頼む。とあと、多分ないとは思うんだけど。もしなんか調子が悪いとかあれば言ってくれ、出来るだけの事はする」
「ってさっきみたいにぎゅっとしてくれるのか?」
は?
ナニ言ってんだあたしは?
――――冗談だって!んなマジに取るなよ!
――――とか言ったらビビる!?
――――なーんてな!
どれかを言おうとして、どれも声にならずに口がぱくぱく動くだけ。
脳にばかり血液が集まって、声帯が震えないみたいに。
それなのに、視線は衛宮の口元からは離れなくて。
「・・・・・・わかった、もし必要なら」
答えた衛宮の顔には誠意しかなくて、あたしもこうなのかと見てて恥ずかしくなるくらい赤かった。
彼女の疑問(1) 了