扉が開く音に続いて、閉める音。
明らかに誰かが弓道場に入ってきている。
どうする、と衛宮が表情で問いかけてくるのを手で制する。
(待て。射場の方で止まるかもしれない)
弓だけ取りに来ることもあるし、それなら射場で止まるはずだ。
理解したようで、衛宮は軽く頷いて動きを止めた。
・・・・・・とん、・・・とん、とん、とん
ダメだこっちに来る。
板の間は靴下とかで歩かれると足音が聞き取りにくいがそれでも分かる。
(どうする!?)
今度ははっきり、衛宮の口が声を出さずにそう動いた。
ここは行き止まりの袋小路だ。
あたし以外には藤村先生しか鍵を持っていないので、まず誰も来ないと思っていたが甘かった。
この世代は色恋沙汰の憶測が大好物だ。
日頃も偶には二人で連れ立つこともあるがこの状況は第三者にはおいしすぎる。別にあたしや衛宮にその気がなくとも、くだらない風評の三つや四つ乱れ飛ぶだろう。
正直、それはうざいので御免蒙りたい。
じっくりと考えてる余裕は無い。
右と左をチラリと見て、右の扉を二三度強く指差して口を動かした。
(はいれ)
(・・・マジ?)
(い、い、か、ら!)
目を見開いて躊躇う衛宮と近づく足音に焦って、今度は大きく口を動かしながら指を振った。
衛宮は複雑な表情を浮かべながらも今度は即座に頷き、扉に手を掛けて中に滑り込む。直ぐにあたしはその扉を必要以上に音を立てながら閉め、ガチャガチャと鍵をかけた。
よし間に合った。
「あれ、誰か居るんですか?」
「えー?」
今気がついたように、侵入者に返事を返す。・・・って、この声は。
・・・・・・とん、とんとんとん。廊下の角を曲がって、姿を現した。
「あ、美綴先輩ですか」
「なんだ、間桐か」
比較的気心の知れた人物であった事に若干安堵したが、この場合芳しくない。
衛宮を左の倉庫でなく、あえて女子更衣室に放り込んだ理由は二点。
倉庫には鍵が掛からないので侵入されたらお手上げ。一方こっちは鍵が掛かる。
弓道部は男子の方が多いので確率的に安全地帯になる可能性が高い。
「どうしたんだ、なんか道具?」
「あ、いえ、ロッカーに忘れ物で」
最悪だ。
「そっか。あたしもちょっと探し物でね。じゃ、あたし開けるよ。・・・え―――っと、鍵はっ・・・と!」
うっかり忘れ物でね、と言いそうになり危なかった。中に聞こえるよう、少し声を大きくして予告する。
「最近、なんか、ここの鍵ちょっとおかしくてね」
「あ、そーなんですか」
ガタガタガタガタッ、と二度ほどわざと失敗して時間を稼ぐ。
二つ目の理由、それは最悪の最悪でも『安全地帯』があるから。
―――――気づけよ、衛宮・・・
「よっ、と」
半ば祈りながら、扉を開ける。
果たせるかな。
更衣室の中に衛宮の姿はなかった事に安堵した。どうやら気づいたらしい。
「あ、すみません」
「はいはい」
間桐がひょこ、と頭を下げて自分のロッカーへと向かっていくのを見ながら、弓と弓筒を手に取りさりげなく間桐とあたしのロッカーとの間に立った。
なるべく乱暴に、音を立てながら弓を弓筒にしまっていく。
間桐はロッカーの中から巾着らしきものを取り出すと、用は済んだらしくそれじゃ先輩、と言って出て行こうとした。
「ところで美綴先輩どうしたんですか?」
「へ」
そのまま部屋を出ると思った間桐が、入り口で突然くるりと振り向いた。
「・・・ああ。あたしもちょっと忘れ物でさ。間桐が入るからついでに矢の片付けしてるだ
け。すぐ帰るよ」
「・・・そうですか。では、お先に失礼します」
一瞬虚を突かれた、危なかった。
「もう、いいよ」
間桐が道場から出た音を確認して呟く。するとあたしのロッカーががたん、と開いて衛宮がずり落ち、その場にへたりこんだ。
「心臓が止まるかと思ったぞ・・・」
「悪い悪い。でも衛宮なら絶対気づいてロッカーに隠れてくれると思ったからさ」
「というか他にどうしようもない」
「まあ確かに」
衛宮にあわせてあたしも更衣室の床に座り込んだ。
高窓からの日差しは深緑色のロッカーを黄土色に変え、換気扇の静かな音だけが二人の間に流れる。
「ところでお疲れのところ悪いんだけどさ、さっきの話の続き」
「・・・って何?」
「あたしが病院送りになった日の話」
「あ」
本気で忘れてたらしい。
まあ女子更衣室のロッカーに隠れるっていう生涯(多分)初の荒技をやった直後なので無理も無いが、面倒なのであまりこっちも先延ばしにはしたくない。
「まあ怖い思いをしたみたいだってのは確かっぽくって正直今でも、
そこまで話して視線を落としたとたん、何かがちらりと視線に入った。