雨の日の学年主席たち07
- 2008/03/29
- 18:34
こんなことをして、恥ずかしくない訳ではない。むしろとんでもなく、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
以前の私なら、思いつきさえしないような誘惑だ。
それでも、彼に意識して欲しい。私のことを。
きっと他の子達もそうだろうけれど、何時彼のものになってもいい。
必ず、舞と私は幸せになる。そのために生きていく。願わくば、その道は彼と共に歩むものでありたい。
ああ、それにしても。
酔いそうだ。いや、既に酔っている。酩酊に近いレベルで。
右半身の暖かさ。そして、顔を半ば埋めるように彼の制服の肩口に押し付けて感じる、彼の匂い。
既に私の歩みはやや危うい。雨音が遠くなっていく。歩きながら眠りかけてるかのようだ。
こんなときに、彼の顔を見上げてはいけない。そう、こんなふうに。
「…どしたの?佐祐理さん?」
見上げた私の瞳が、彼の唇に縛り付けられた。
首に縄をつけられて引かれるように、反射的にもう踵が浮き始めて。
右手が彼の右肩をつかむ為に、彼の背に沿って動き出し。
すぅ、とほんのわずか息を吸い、顔を寄せようとしたその瞬間。
「相沢くーーんっ!!」
「…あー?香里かぁー?」
差し掛かった十字路の別方向―――ワンブロック先から、香里が呼ぶ声が聞こえて立ち止まった。自然に佐祐理さんの腕が解かれて残念だったのは俺の心の奥底の秘密の花園。
小走りで香里がやってきた。
「相沢くん、…と倉田先輩。今帰り?」
「ええ、昇降口でたまたま見かけましたのでー」
「ああ。傘無くて、佐祐理さんに入れてもらった」
「… 」
「?何か言ったか香里」
「え?なにも」
ニコっと笑って香里が何か言った、ような気がしたが。
「ううん、なんでもないわ。…ところで、相沢くん家、こっちでしょ?
倉田先輩はこの道真っ直ぐの方だから、ここからあたしの傘に入っていったら?
少し大きめの傘だし」と、あまり女性的な感じのしない―――でも妙に香里に似合った青い傘をほら、と軽く振って見せた。
「ん、そういえばそうだな。じゃあ悪りいけど香里頼むわ。…っと佐祐理さん、今持ち合わせないからまた今度お礼させてくれ。傘、サンキュ」
「いえいえどういたしましてー。佐祐理も祐一さんと帰れて楽しかったですから。ではお礼を楽しみにしていますよーっ」
それでは、と佐祐理さんは香里と何か二、三言話して十字路を真っ直ぐ歩いていった。
いいところだったのに、と正直思った。
しかし、ここで一気に唇を奪って決断を突きつけても、きっと彼はまだ私を選べない。
少なくとも好かれている自信はあるし、大事にされていると思っている。
だが、他の娘達との絆も同じくらい、あるいはそれ以上に強いことも知っている。
名雪さん達の話は舞からの伝聞だけでしか知らない。舞の話は少し簡潔すぎてそれだけだとちょっと伝わりづらかったが、彼女らの「そのこと」に触れる時に見せる瞳を見れば察しもつこうというものだ。
いつだったか、真琴ちゃんが舞に『舞は真琴と同じねっ』と言ってにぱっと笑っていた。
舞も、『…真琴は私と同じ』と言っていた。私は舞のことなら知っている。
『同じ』程度のことがもしあったというのなら、それはとんでもない事だ。
そんな中に割り込もうというのだ。一気にケリをつけるなら、いきなり二人で(あるいは舞と三人で)朝を迎える位でないと彼はきっと選べやしない。
しかもそれで私(たち)『だけ』を選んでくれるかと言ったらそれさえも疑問だ。
私と舞で満足してもらえると一番都合がいいのだけれど。
もう少し機を熟させなくてはならない。今日はここまでとして、彼女に譲ろう。
天野さんに自分の分の傘が無い事を気づかせぬよう傘を貸して。
去り際に美坂さんに『倉田先輩の左肩、羨ましいですね』と言われて、ほとんど濡れていない自分の左肩と彼のずぶ濡れの右肩を見比べるまで気づかせないその優しさがあるというのに。
彼女が口の形だけで『嘘つき』と言ったのには彼は気づけなかったようだ。
もはや才能だろう、と感心する。そして、あのあときっと私が彼女に告げた予言通りになるだろう。
でも、いつか。私に特別な―――特別な人たちの中でも特別な、気持ちを向けさせてみせよう。
途中からは一人の雨道。雨は、余り好きではないけれど。あまり憂鬱ではないな、と思った。
以前の私なら、思いつきさえしないような誘惑だ。
それでも、彼に意識して欲しい。私のことを。
きっと他の子達もそうだろうけれど、何時彼のものになってもいい。
必ず、舞と私は幸せになる。そのために生きていく。願わくば、その道は彼と共に歩むものでありたい。
ああ、それにしても。
酔いそうだ。いや、既に酔っている。酩酊に近いレベルで。
右半身の暖かさ。そして、顔を半ば埋めるように彼の制服の肩口に押し付けて感じる、彼の匂い。
既に私の歩みはやや危うい。雨音が遠くなっていく。歩きながら眠りかけてるかのようだ。
こんなときに、彼の顔を見上げてはいけない。そう、こんなふうに。
「…どしたの?佐祐理さん?」
見上げた私の瞳が、彼の唇に縛り付けられた。
首に縄をつけられて引かれるように、反射的にもう踵が浮き始めて。
右手が彼の右肩をつかむ為に、彼の背に沿って動き出し。
すぅ、とほんのわずか息を吸い、顔を寄せようとしたその瞬間。
「相沢くーーんっ!!」
「…あー?香里かぁー?」
差し掛かった十字路の別方向―――ワンブロック先から、香里が呼ぶ声が聞こえて立ち止まった。自然に佐祐理さんの腕が解かれて残念だったのは俺の心の奥底の秘密の花園。
小走りで香里がやってきた。
「相沢くん、…と倉田先輩。今帰り?」
「ええ、昇降口でたまたま見かけましたのでー」
「ああ。傘無くて、佐祐理さんに入れてもらった」
「… 」
「?何か言ったか香里」
「え?なにも」
ニコっと笑って香里が何か言った、ような気がしたが。
「ううん、なんでもないわ。…ところで、相沢くん家、こっちでしょ?
倉田先輩はこの道真っ直ぐの方だから、ここからあたしの傘に入っていったら?
少し大きめの傘だし」と、あまり女性的な感じのしない―――でも妙に香里に似合った青い傘をほら、と軽く振って見せた。
「ん、そういえばそうだな。じゃあ悪りいけど香里頼むわ。…っと佐祐理さん、今持ち合わせないからまた今度お礼させてくれ。傘、サンキュ」
「いえいえどういたしましてー。佐祐理も祐一さんと帰れて楽しかったですから。ではお礼を楽しみにしていますよーっ」
それでは、と佐祐理さんは香里と何か二、三言話して十字路を真っ直ぐ歩いていった。
いいところだったのに、と正直思った。
しかし、ここで一気に唇を奪って決断を突きつけても、きっと彼はまだ私を選べない。
少なくとも好かれている自信はあるし、大事にされていると思っている。
だが、他の娘達との絆も同じくらい、あるいはそれ以上に強いことも知っている。
名雪さん達の話は舞からの伝聞だけでしか知らない。舞の話は少し簡潔すぎてそれだけだとちょっと伝わりづらかったが、彼女らの「そのこと」に触れる時に見せる瞳を見れば察しもつこうというものだ。
いつだったか、真琴ちゃんが舞に『舞は真琴と同じねっ』と言ってにぱっと笑っていた。
舞も、『…真琴は私と同じ』と言っていた。私は舞のことなら知っている。
『同じ』程度のことがもしあったというのなら、それはとんでもない事だ。
そんな中に割り込もうというのだ。一気にケリをつけるなら、いきなり二人で(あるいは舞と三人で)朝を迎える位でないと彼はきっと選べやしない。
しかもそれで私(たち)『だけ』を選んでくれるかと言ったらそれさえも疑問だ。
私と舞で満足してもらえると一番都合がいいのだけれど。
もう少し機を熟させなくてはならない。今日はここまでとして、彼女に譲ろう。
天野さんに自分の分の傘が無い事を気づかせぬよう傘を貸して。
去り際に美坂さんに『倉田先輩の左肩、羨ましいですね』と言われて、ほとんど濡れていない自分の左肩と彼のずぶ濡れの右肩を見比べるまで気づかせないその優しさがあるというのに。
彼女が口の形だけで『嘘つき』と言ったのには彼は気づけなかったようだ。
もはや才能だろう、と感心する。そして、あのあときっと私が彼女に告げた予言通りになるだろう。
でも、いつか。私に特別な―――特別な人たちの中でも特別な、気持ちを向けさせてみせよう。
途中からは一人の雨道。雨は、余り好きではないけれど。あまり憂鬱ではないな、と思った。