あれからいま少し考えてみた。思索は嫌いではない。
先日の教室で、『何かを知ってしまった』とする。彼女のそのときの表情からして、その『知ってしまった何か』について少なからぬ衝撃を受けたものとしよう。
もし、私が彼女なら。
『知ってしまった何か』について、彼等に問い質したくなる。
(なんだかは分からないが)『何か』は本当なのかと。兎も角、立ち聞きしてしまった内容について、確認したいと必ず思う。
で、あるならば。
その相手として与し易い、正しい答えを聞き出しやすいと思われるのは遠坂と衛宮のいずれであるかはあまりにも自明だろう。
その推論より、私はここ数日彼女の衛宮への接触について若干の注意を払ってみた。
とは言え、たとえその推論が正しくとも私の目の届かぬところで接触していたらそれまでだが、それは止むを得ないしその結果衛宮なり美綴嬢なりに変化があればそれを考察のきっかけに出来ると割り切っていた。
結果的には、ここ数日何も特別な接触は無かったように思われた。
むしろ私の方が特別な接触を持ったと言うべきだろう。思い出しても口元が緩む。
しかし、やや私はその接触に浮かれて過ぎていたらしい。
それに気づいたのは、今日の2限後に美綴嬢が衛宮に話しかけた後姿を一瞬だけ視線で追い、速やかに視線を戻して聴覚だけで彼らのやりとりを判断しようとしたときだった。
私の考えは、何かが一つ抜け落ちていた。
そのことに、はたと気づいた。
結局、その場の美綴嬢と衛宮の会話は取るに足らぬものだった。
しかし私の考えから抜け落ちていたものが何だったか、ということは『次回必ず』確認できる。
珍しく、それは拳を握り締めたい程に確信が持てる閃きだった。
その『次回』は、早ければ今日中だろう。
あの茶道部室で、衛宮に丸い湯飲みを持たせた瞬間。
その時に近いほど、わくわくとした高揚感が沸き起る。
図らずも、その機会は昼休みにやってきた。
美綴嬢が衛宮の方へすたすたと歩いて行き。
衛宮の隣の机に腰掛けて、
「あのさ、衛宮」
話しかけた瞬間、私は彼女の方を振り向いた。
予想通り。
快哉を叫びたいほど、予想通り。
彼女――――――――『遠坂凛』と、私の目が合った。
彼女はほんの一瞬だけ、視認出来るかどうか程度に僅かに目を見開かせ、次の瞬間にはいつもの怜悧にして優雅な表情に戻り極滑らかに視線を戻した。
『美綴嬢を見ている私を見ようとした』遠坂嬢を、
『美綴嬢を見ずに』捕らえることに成功した。
美綴嬢に注目するあまり、遠坂嬢の事をあまりにも失念していた。
順を追って考える。
まず、遠坂嬢と衛宮は、恋仲ではない(はずである)が十分に仲が良いと言えるだろう。
であれば、
ここのところの私と衛宮の接触についても衛宮が語っているかもしれないし、或いは語らずとも聡い彼女であれば愚直とも云える衛宮を見ていればかなりの確率で悟るところだろう。
それに、時折感じた私に対する『視線』。
私もクラスに由紀香や蒔の字の他に友人が居ない訳ではないが、そんな視線を投げてくると思えたのは、衛宮か美綴嬢、あるいは衛宮との親しさで考えれば大穴で寺の息子か間桐、後藤氏あたりでもなければ遠坂嬢位しか思い当たらない。
考えてみれば当たり前だが、この氷室鐘は遠坂嬢に『マークされてしかるべき人物』だったのだ。
そして唐突に思い出したのは、あの日遠坂嬢が帰り際、廊下で遠くから私に会釈をしたことだった。
――――――――――――ひょっとして遠坂嬢は、美綴嬢が隣室に居た事を知っていたのではないか?
そう思うと突如、
遠坂嬢は、『〔美綴嬢が衛宮に接触しようとしているところ〕を見ようとしている氷室鐘』を観察しているのではないか?
という仮定が閃いた。
流石に乱暴すぎる推論かとも思った。
しかしまあ外れたら外れたで特に痛痒もない、只の考えすぎでいい。
先に万一の可能性を考えて寺の息子と間桐、後藤氏を観察し、まるきりノーマークであることを確信してから、静かに『美綴嬢が衛宮に話しかける瞬間』を待っていた。
かくて。
「ああ、遠坂嬢」
「あら、氷室さん。何かしら」
私は微笑とともに彼女の座する席へと歩んだ。
「放課後ちょっとお時間宜しいか?」
彼女も笑顔で諾と応えた。