「では衛宮、これを」
「・・・・・・・・・・・・ハイ」
すいませんでした。すっとぼけようとした俺が悪かったです。
にしてもデザート、とは言え妙に小さい。5センチ角程度?
この季節だと、何だろ。
包みを解きプラスチックのタッパの蓋を開けて、私衛宮士郎、たっぷり5秒は停止させて頂きました。
中には、透明感のある黄色の、ゲル状の、何か。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ」
「レモンジャムだ。蜂蜜で甘くしてある」
私囚人衛宮士郎、死刑台の使い方を確認してみる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スプーンとか?」
「無いが?これは、」
執行官は薄黄色のゲルの中に白魚のような人差し指を差し入れ、少量を掬うと。
「こうして食べるものだぞ?」
言いざま、当たり前のように桜桃色の唇の中へその指を差し入れた。
ああ、なんてステキな笑顔。お絞りも二つ用意で完璧だ。
「・・・・・・・・・、サンドイッチ食べる前、氷室は『あーん』って言ってなかったか?」
「『あーん』という言葉の定義が私と衛宮で異なっていたという事だろう。世の中ではよくある事だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・なあ、氷室」
「どうした?衛宮」
「俺、頭良くなりたい」
「私はそのままの衛宮が好きだぞ?」
俺は茶道部室から何も学んじゃいなかった。
「・・・・・・・・・・・・ところで何故隣へ」
「このようなものであるからな、近くでないと零してしまうだろう?」
ふ―――、と一つ深呼吸すると割りとすっきり腹が据わった。
あまりにも鮮やかに嵌められたし、あまりにも分かりやすく自分が阿呆だったことを思い知らされたからかもしれない。
「では」
「うむ、お願いする。ああ、あと一つ言っておくと一度にあまり大量に掬ってくれるなよ?乙女の口が斯様に大きいかのような態度は傷つくのでな」
「・・・・・・・・・・・・・・・勿論」
お絞りで拭いた人差し指を軽くジャムの中に沈ませ、爪が隠れる程度に掬い上げる。
氷室の口元へと指を伸ばして彼女が小さく口を開け、紅い口腔内がちらりと見えたとき、その現実感に唐突に緊張した。
「ん」
―――――――――!!
かぷ、
と軽く歯を当てて氷室に指を咥えられた瞬間、その熱さに、温かさに、柔らかさに、言い知れぬ衝撃が指先から全身へと伝わる。
「・・・・・・っ!」
彼女の、舌先が、指先をねぶる。
頭がどうにかなりそうなのを奥歯を噛み締め、逆の手で拳を握りしめて意識を保つ。
いや、保てたのか。保ててないのか。よく分からない。
ぬるり、と彼女の唇から指先が解放されると同時に息を吐き、自分が殆ど息をしていなかった事に気がついた。
「・・・・・・・・・ん。次だ」
彼女が無表情に告げる。
ものも云わず、指をジャムに絡ませる。さっきよりも深く。
それを氷室もごく自然に深く咥え込むと、瞳を閉じて溶けるほどに熱い舌で包み込む。
ん、と小さく鼻を鳴らして指を咥えたままこちらを見上げた氷室の表情は、何に喩えればいいのか分からないほどに――――――――――――
どれ位の時が経ったのか。
数秒?
十分?
ちゅぱ、と音を立てて最後にひと舐めして指が氷室の唇から開放されようとしたとき、唇と指との間に艶やかに透明な糸が引かれ、それは伸びて最後には氷室の口元に僅かに張り付いた。
――――――――――――なんという、淫靡。
彼女は薄紅色の舌で小さくそれを舐め取ると俺の手からゆったりとした動作でジャムを奪った。
「御返杯だ」
そんな約束はどこにも無かったがまるで断る気が起こらない。当然のような気さえする。
細くしなやかな指先がジャムを掬い、口元へ運ばれてくるのを黙って見つめて、
その可憐な氷室のを口に含んだ瞬間。
「!!ふぅンっ・・・・・・!!」
氷室が反対の手で自身の口を抑えて、その身をぶるるっ、と大きく震わせて呻いた。
今まで。小悪魔のような笑みを浮かべて。さんざんからかってくれた氷室が、冷静且つ堂々とした氷室が。指を舐められて、――――――――――――
舐る。舌先で指の腹をくすぐり、唇で愛撫する。
ジャムの事など埒の外。唯ひたすら、しゃにむになぶり尽くす。氷室に官能を浴びせる為に。
もっと。氷室を、乱れさせたい――――――――――――
先ほどまでとは別人のようなか細い声で、待って、と言いながら指を引こうとする彼女の手首を強引に捕らえた。
伏せた顔からちらりと視線を上げ、いやいやをするように首を振る彼女の表情にそそられた嗜虐心に忠実に、第二関節の先まで強引に深く咥え込む。
「っ!んんんっ・・・!」
氷室は電撃を受けたようにおとがいを反らし、くぐもった声で再び呻く。
その指先が彼女の全身であるかのように、口腔全てで舐め、撫で、さする。その位置を変えるたび、氷室の華奢な身体がびくりと跳ねる。
俺の壊れた頭は、舐めども尽きる事の無いこの美味な飴の味に酔いしれていた。
ようやく氷室の繊手を解放したのは、呼吸が不足した為だった。それでも最後までいじきたなく、唇で彼女の指を強く吸いながら引き出した。
静かな、放課後の屋上。二人の荒い息と、校庭からの部活の遠い喧騒。
「非道いな・・・」
整わぬ息のまま、俯いたままで氷室はぽつりと呟いた。
行為としては同じ事をしただけとも言えるが、明らかにやりすぎた。
すまん、と言おうとした瞬間に氷室がジャムを一掬い、口に含もうとしているのが目に入った。
「非道い奴だ、衛宮」
泣きそうな、それでいて凄艶な表情で氷室は力いっぱい抱きついてきた。
抵抗する気は全く無く、抱きとめながら押し倒された。
彼女は激しく唇を求めてくる。それを当たり前のように受け止めると、口腔内に熱く柔らかなものが侵入して来た。それが纏っているモノが先程のジャムだったことを、頭の隅の方でぼんやりと感じた。
ジャムと、お互いの唾液とを、舌を絡め合って与え合う。
氷室は地を背にしている俺の頭と顔に手を添え、俺は氷室の頭と腰を抱き寄せながら貪りあった。
二度、氷室は息継ぎに唇を離して息を吐いて、再び口づけに没頭した。
文字通りの、べたべた。
一旦顔を離した時もペントハウスの影では色素の薄い彼女の髪に隠れて、その表情は見えなかった。
その行為に飽いて、ではなく気力の枯渇と共に糸が切れたかのように、は、と息を吐くと彼女の身体が俺の上からずり落ちようとした。
咄嗟に腕で彼女の頭を庇い、腕枕の上にごろりと氷室が横になったところで嵐のような昼食は終わった。
まだ収まらぬ動悸のまま、氷室を掻き抱いたまま、呆然と空を見上げていた。
校庭ではまだ、部活の声。
静止したかのような雲。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・新発見だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
ちら、と見た氷室は焦点の定まらないような表情に薄く微笑を浮かべていた。
何が、とは流石に訊く気にはなれなかった。
「興味本位ではあったが、ここまで凄いとはな。予想していなかった。それに」
「それに?」
「衛宮とて木石ではなかったということに安心した。うん、男らしくて良かったぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そりゃどうも」
訊いても訊かなくてもやっぱり羞恥責めですか。
「・・・・・・衛宮。次の弁当は」
「・・・・・・ああ。俺が作ってくる」
「デザートはヨーグルトでな。スプーンは要らんぞ」
「・・・学校では勘弁」
こんなところでこんな理性の飛び方は怖くて二度と出来ない。
「それはつまり学校で無ければ良いということだな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そろそろ、起きて帰るか。人来るかもしんないし」
「まあ、今しばらく良いではないか」
腰が抜けてまだ立てそうにないのだ、と言って彼女は嬉しそうに恥ずかしそうに微笑った。
(昼食遊戯 了)