弁当を作ってやろう、と言われたのは一昨日の昼。
どういうツテなのかは分からないが、氷室は妙にいい素材を仕入れてくる。
「残念な事ではあるが、私は私の料理の腕が衛宮のそれに及ばない事は識っている。しかし調理の参考となる程度の素材は衛宮に見せる事が出来ると思うがどうだ?」
こないだの和三盆を思い出し、調理人の本能か我ながら非常に素直に頷いた。
今日は土曜日であり本来昼食はない。この日を希望したのが俺の方だったのは、平日では人の目が多くちと居心地悪いし、三枝さんや蒔寺への遠慮もあった為だ。
ならば屋上が良いだろう、土曜であれば部活の連中もまず居るまいと氷室は提案してくれた。
私としては昼休みの教室内でも新都駅前のベンチでも一向に構わんが?とも付け加えていたが。
「ではこれが衛宮の分だ」
「ああ、有難う」
透ける程度の雲に青い空。
屋外弁当日和(?)の屋上で、俺は氷室が鞄から取り出した弁当を受け取ろうとした、・・・ところで弁当を持つ氷室の手がふ、と引き戻されて思わず空を切る。
「・・・とはいえ無償で弁当を得るというのもやや礼を逸した話ではないか?」
「へ?」
空をつかんだ俺をにやりと見ながら、突然そんなことを氷室は言い出した。
いやそれは、確かにそうかもしれないが。
「え・・・、なんか、要るの?」
「そこは衛宮の心がけ次第とも云える」
って悪代官?氷室さん妙に嬉しそうなんですが。
氷室は弁当を掲げたままにやにやとこちらを見るばかり。いくらだったら出せるのじゃとかそういう台詞が似合いそうだ。
「・・・えっと、じゃあ次回俺が弁当を作」
「いやいやそれには及ばん」
言うのが分かってたかのように速攻却下された。
「そもそも料理は衛宮の方が遥かに上な訳なのだからそれでは割に合わんだろう。それよりももっと簡単な事で良い、ふむそうだな例えば私の分は衛宮が食べさせてくれる位で釣り合うだろう、そうしよう」
「そ、そうか。・・・・・・・・・・・・へ?」
えっと今何だって?
「だめなのか?『あーん』が」
「そ!それはちょっと!」
「これは異な。献身を旨とする衛宮ともあろう者が他人に恵みを受けながらその腕を軽く上げ下げする程度の礼も出来ぬとは。これは余程私は嫌われている、あるいは衛宮にとって礼の価値も無い、虫けらのように取るに足らぬ存在であったのかと思うと涙が零れるほどに悲しい」
「ちょ、」
そこでそんな本気で悲しそうな顔をするのはちょっと反則なのでは。
「許せ衛宮、私は『生涯 一 度 き り の 初めての口づけ』を捧げたつもりでいたが衛宮にとっては狂犬に咬まれた思いだったとは。斯様な弁当も迷惑だったに相違ない、二度としないので許して欲しい」
「待った待った!分かったからするから!食わせて下さいその弁当!」
言い回しは妙に劇がかっていたが消沈した顔で弁当をしまおうとする所作は本気としか見えず、反射的に叫んでいた。
「・・・・・・本当か?」
「・・・・・・ですが精神的負担が大きいので一品だけでここはどうかひとつ」
この期に及んでヘタレであることはこの際気にしない。だって『あーん』で数十分とか羞恥を抱いて溺死出来る。
「・・・・・・・・・ふむ、止むを得まい」
「理解頂けて有難い」
礼と共にようやく氷室から拝領した弁当箱は、普段自分用に作るそれに比べてやや軽い。ナプキンを解いて蓋を開け、その理由に納得した。