「――――――――――美綴嬢ではないか?」
「わぁっ!?」
「む、驚かせてしまったか。これは失礼」
「あー・・・氷室か・・・」
びっくりした。今日は何かと心臓に悪い。
「こんな遅くまで、どうしたんだ?」
どうしたもなにも、と彼女は机のカバンを取った。
「ここは美術室で、私は美術部員だ。あまり異とされることはないと思うが」
「あ、そか」
「美綴嬢こそどうしたのだ?」
「あ、いや・・・」
まずった。確かに他クラスは来ないが、美術部員にしてみればあたしがここに居るのはおかしい。
混乱していたところでとっさに言い訳が思いつかず言いよどんでいると、彼女は一人で得心したように拳を掌に打った。
「ああ、雑巾か。今持ってくる」
「へ?」
「雑巾が必要なのだろう?うちが雑巾を山ほど持っているのをどこから聞きつけたのか、色んな部の連中が雑巾を無心に来る」
氷室は流しの下の扉を開け雑巾を探しているようだったが、突然思いついたようにこちらを振り向いた。
「あ、それとも工具か?残念だが最近は工芸をやる奴が少ないから殆ど無くてな。技術室か、まだいるんじゃないか、」
出入り口に立つあたしの後ろ――――廊下に、その姿を探すように視線をずらした。
「衛宮にでも頼んだ方が良いだろう」
あたしも思わず振り向く。当たり前だが、無人の廊下だ。
「あ、いや、雑巾の方」
「そうか。・・・3枚くらいあればいいか?」
「ああ、悪いけど氷室お願い。洗って返すからさ」
渡りに船だ、ここは乗っておこう。
「ではこれを。・・・さしずめ、野球部から聞いてきたのだろう?この時間まで活動しているのはあそこくらいだからな」
雑巾をくれながら、氷室がにこりと笑った。
「へへ、わかる?」
「うむ、良く来るのでな」
「ありがと。じゃ、あたしゃこのまま道場行って帰るから」
「ああ。私も道具の整理をしたら帰る。では」
そこそこに挨拶をして、美術室の扉を閉める。氷室には悪いが、雑巾は数日借りて返そう。
グラウンドや校門にはもう遠坂たちの姿は見えないのを確認して、あたしは帰路に着いた。
ちょっと、頭の中がゴチャゴチャ過ぎる。
おちついて、メシ食って風呂入って寝て整理しよう。
突然、ふと思い出した。
遠坂は衛宮を士郎って呼んでた。