何が、なんて分からない。
あたしは、感性は凡人だったはずだ。
今までどんな射を見ても『気合入ってるなあ』『綺麗だな』位は判っても、その精神を、こんなにダイレクトに感じるなんて事は無かった。
―――――――――そして唐突に、自分の所業に気づく。
―――――――――貧血を起こすほどに、血の気が引いていく。
―――――――――なんで、あたしはこんな事が『分かる』んだ?超能力者でも、ないのに。
―――――――――ただの1本の射で、こんなにも、確信できる。
この射は、きっと。
衛宮の中の、誰にも触れられたくない、『悲しい何か』、そのもの。
悲しすぎて、透明に成ってしまうほどに。
それを、あたしは。自分の復帰祝い程度の理由で。
誰にも見せたくない衛宮の『何か』を、他人の前に、もう一度引きずり出させて、しまっ――――――
「!?お、おい?どうした美綴!?」
「え・・・、・・・・・・」
衛宮がぎょっとした顔であたしの方を見て駆け寄ってきたことで、あたしは正座したまま自分が涙を流している事に気づいた。
「ごめん・・・っ」
「!?な、何の事だよ!?」
分からないんだ。分からないんだね、衛宮本人には。
自覚が無いんだ。痛覚が、おかしくなってしまったんだ。
「あ、あたし」
衛宮が大事な何かを失って、透明になってしまったことへの悲しみ。
衛宮の心の傷を、くだらない理由をつけてさらけ出させたことへの悔悟。
それに衛宮本人が気づけないことへの悲しみ。
それらがごちゃごちゃに混ざって、涙となって流れていく。
「俺、なんか美綴に悪い事しちまってたか!?してたらすまん、謝る!」
そんなわけがない。
強くかぶりを振って、衛宮の両袖を掴む。
どうしてこの男はそんな事を思えるのか。
「すごく、衛宮傷つけ」
それだけをようやく絞り出し、あたしは声を上げて泣いた。
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「・・・・・・・・・落ち着いたか?」
「ん・・・」
傷つけた側がわんわん泣き出し、傷つけられた側が慰める。
そんなおかしな構図をようやく止める事が出来た。
――――――――何か、すごく辛い事があったんだろ?
――――――――何があったんだよ、衛宮。
聞きたくても、聞かない。
痛みに鈍することで心を平常に保っている衛宮に、そこまで傷口の存在をつきつけて抉るような真似はさすがにできない。
「衛宮の射は、すごかった」
「・・・そんな大層なもんじゃない」
「いや、すごい。でも、変だ」
「え?」
変だ、と口に出す事で、突然冷静に、不思議なほどに衛宮の射があたしの頭の中ですっ、と説明されていく。ああ、そうか。
「衛宮の射は、離れまではとても綺麗なんだ。でも、残心がダメだ」
「?はぁ・・・」
弓構えの時点で、既に衛宮の射は『空』だった。でも、それはそれでいいような気がした。
「残心が、『空』だった。それじゃ、ダメなんだ」
「・・・あー・・・?・・・そうなのか。久々だったし、集中が欠けてたのかな」
良く分からない、というのが思いきり衛宮の顔に出ている。
あたしは元来、よく分かりもしないくせに人のことを決めつけたりするのが嫌いだ。
でも何故かこんなにも確信が持てる。
「そうじゃない、衛宮らしさが無かったんだ。衛宮の色が出てない」
恋愛感情ではないと思う。
同情はあったのかもしれない。
詫びる気持ちもあったのかもしれない。
ただ、素直に思った。
―――――――何も『無く』なる衛宮を、助けてやりたい。
「取り戻せるよ、そのうち。ちょっと位ならあたしも手伝えると思うし」
「・・・・・・俺の色?」
「なんなら、あたしがつけてやる。衛宮に、」
涙の跡でみっともない顔だったろうが、気にならずににか、と笑えたと思う。
「色を」
綾色残心 了