見えなくても感じる、首筋に氷室の顔の感触。
脇の下から反対側の肩を掴む様に廻された白い腕。そして背中にかかる心地よく暖かい重み。
「…うあ、…………」
冷たそうだ、なんて真逆。どこまでも女性らしく、柔らかな肌にえも云われぬ壷惑的な匂いに毒気を抜かれてしまう。
「ふむ。さぞ好いだろうと思っていはいたが、やはり最高だな」
「………な、なにが」
「勿論衛宮の抱き心地だ」
氷室さんは直球派だった。
「…粗末な背中で御座いますが、ご満足戴けましたらそろそろ離れてもらえるかな氷室?」
「うむ生憎だがそれは断る」
「ではせめて指を止めてくれ。くすぐったくてお茶こぼしそうだ」
「む。それは止むを得ん」
すいません嘘つきました。胸元を撫でる指がめっちゃ気持ちよくって声出そうでした。
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「うむこれは堪らん。癖になる」
衛宮の背中にぴったりと貼り付き、項に頬を埋めているとこのまま癒着してしまいそうだ。
この時私はやはりすこしおかしくなっていたようだ。端的に言って、浮かれていた。
衛宮の心に踏み込む事に、遠慮がなくなっていた。
「なぁ、衛宮」
「なんだ、氷室」
「――――――――――――――――――何があったんだ?」
音が聞こえるほどに、一瞬で衛宮の雰囲気が変わる。
体育倉庫で見た、あの不愉快な氷に。
「知らぬ事とは言え失礼な事を聞いているのかも知れん。しかしここしばらくの内に、確かに衛宮に『何かが』あったはずだ。私はとてもそれが気になる」
意図せず背から衛宮を抱く手を、きゅっと強めた。
「ただ、衛宮にはそれを語る義務は無い。軽々に余人には語れぬ事なのだろう」
衛宮の背中がほんのわずかだけ、和らいだ気がした。真には、気がしただけで私の願望なだけだったのかも知れない。
「しかしだ。今の衛宮は、それに変な囚われ方をしているように見える。衛宮の色が無くなって、違う何かになりそうに、私には見えるのだ」
私としてはそれは非常に気に入らない。だから、衛宮の顎に手を廻した。
「衛宮。私がお前に色を付けてやろう。衛宮が衛宮で居られるよう、」
私が。
「愛で染めてやろう」
二度目のキスも、残念ながらやはり私からで力づく気味だった。
愛染彼女 了