「あ、ちっと待って。ちょっと着いて来て欲しい所があるんだけど」
ユリ子が挨拶しかけるのへ、横島が手招く。
「はい?いいですけど・・・」
けげんに思いながらも素直について行くが、その脳裏をワイドショーから得た偏った知識がよぎる。
(着いて来て欲しいって・・・、ええっそんなっまだ私・・・!・・・でも・・・!え~!それにこの体はそうよ、絶対ダメ・・・ダメだったらー!!)
横島の少し後ろを歩きながら、独り百面相をしてパニくっているユリ子。
はたから見ると少しかわいそうな娘だ。
「お、ここだ。・・・って、何やってんの?」
「はっ!?・・・(かあっ)」
ブンブンと横に顔を振ったところで横島が振り返り、ユリ子が我に返って照れる。
「ここって・・・」
横島たちは花屋の前で立ち止まっていた。
「ん、ちょっと待っててね」
横島が花屋の中に入っていく。店の名前は『フラワーショップ マリーベル』。
ほどなくして、横島が店から出てくる。手には、スイレンとピンクのバラで出来た
グローブ位の花束。
(え・・・!)
ユリ子の胸が高鳴る。期待と不安。
「(それは私にくれるんですか・・・!?)」
聞きたい。けど、違ったら。
『私』にくれるの?それとも同じ姿をした人?美神さん?・・・
息が苦しい。頭がぐるぐる回ってる。
「これ、あげたいんだけど、今で良いのかな?」
声が出ないユリ子に、横島が問い掛ける。
「わ、『私』にですか?」
「うん。一年のお祝い」
少し照れたように鼻の頭をかく横島。はたから見れば初々しいカップルに見えるだろうか。しかしユリ子の表情は苦笑いのような、嬉しいような悲しいような表情を浮かべる。
1秒。
横島の顔を見つめた後、ユリ子は残念そうにゆっくり言葉を発した。
「あの・・・ごめんなさい。違うんです」
「違わない、だろ?」
横島の微笑みが今は痛い。
「いえ、違うんです。私・・・ホントは・・・」
ユリ子が言いさすのを横島がさえぎる。
「えっと、知ってる・・・と思う」
もう一度、横島が微笑んだ。
「え・・・!!」
ユリ子が驚くのをみて、ゆっくり横島が語りだす。
「前・・・幽霊だった頃、女の子に憑依したことがあっただろ?」
コク。
頷く。喉が震えて、声が出ない。
「そのときにさ、後で『花がいい薫りだった』って言ってただろ?」
コクコク。
強く頷いた。口元を両手で抑え、横島を見上げる瞳に雫が溢れてゆく。
「これからはそーゆーの、ずっと感じて生きてけるから・・・そのお祝いにどうかな、なんて」
横島が照れてもう一度鼻の頭をかく。
(横島さん・・・・・・!!)
もう、ユリ子―こと、おキヌ。
ユリ子の体に憑依したおキヌの瞳は、涙でぼやけて横島の顔を映さない。
真珠の雫が頬を伝って落ちる。
ぽふ。
涙を見られぬようおキヌが横島の胸に頭を預け、小さな声でゆっくり横島に問い掛ける。
『いつ、気づいたんです・・・?』
『手ェ引いてくれたときに、なんとなくそーかなーって』
『なーんだぁ・・・』
『擦り傷が治ってたとき、確信した』
『ふふふ・・・』
「・・・・・・てくだ・・・い」
落ちた雫が十を数えた頃、ユリ子の姿のおキヌが小さく口を開いた。
「え?」
涙声を聞き取れず聞き返す。
「呼んで下さい」
おキヌが涙に濡れた顔を上げ、微笑む。
「私の名前を、呼んで下さい。そしたらすぐ帰ってきますから・・・!」
頷く横島。一つ小さく深呼吸をして、呼びかけた。
「『おキヌちゃん』、だろ?」
ヴンッッ!!
瞬間、何かが切り替わるような波動が飛ぶ。
「キャッ!?」
と同時に、目の前の女の子―ユリ子が入れ替わりの衝撃に小さく悲鳴をあげた。
「あ・・・」
ちょっと間を置いてユリ子がきょろきょろあたりを見回し、横島が声をかける。
「えっと、ユリ子ちゃん?だよね?」
「・・・・・・いけないんだぁ、横島さん。女の子泣かして―・・・。」
ようやく状況が掴めたユリ子が、涙の残った顔でいたずらっぽく横島を見上げる。
「へ!?い、いや、悪気はサッパリ無くて・・・」
「ふふふ、冗談ですよ。悪い気分じゃないですから。」
あわてて弁解するのをちょっと面白く思いながらユリ子が続けた。
「彼女、もう直ぐ来ます。私たち近所にいるようにしたから・・・。私、帰りますね。それじゃ、失礼します!」
横島が引き止めるのを『邪魔しちゃ悪いから』とあっさりユリ子は帰っていった。
それから一分足らず。夕暮れの街を駆けて来る少女の姿があった。
瞳にうっすら涙を浮かべて。
柔らかいジャケットを翻し、スカートの裾を跳ね上げながら。
『やーっと確定申告終わったわ!おキヌちゃんなんか夜食お願いね』
『はーい』
『あら、このお花綺麗ね。ユリ子ちゃんと久々に会えて楽しかった?』
『・・・はい!とっても!』
END