「あとは、筆跡を見て下さい」
筆跡…?
あ。
日によって、色によって数字の筆跡が違う。
万年筆を使って書いたような流麗な字。
ボールペンで書いたらしき硬い感じの字。
細いサインペンで書いた女の子っぽい丸い字。
それだけじゃない。二、三箇所メモが書いてある。
『→週末からお休みです』硬い字―――この字は、翡翠?
『来月予定確認の事』万年筆。―――秋葉だ。
『御来日は4日です.お休み明けました』女の子らしい丸っこい字、
これは琥珀さんの字。
連絡メモのようだが、意味が解からない。お休みって、この日も別に何も無く翡翠も琥珀さんもお仕事をしていてくれてたはずだ。
御来日、誰か日本に来るって事か。
ますますこんがらがってきた俺に琥珀さんが最後のヒントをくれた。
いや、今思うと要らなかったんだけど。だって知りたくなかったし。
「そういえば、今日は秋葉さまはご機嫌でしたよねー?」
「え、?そ、そうだったかな」
唐突に秋葉の話題を振ってくる。
けどなんで?という俺の表情に、止めのお言葉を琥珀さんは下さいました。
「秋葉さまは、昨日は『4』でしたからねぇ?そりゃあご機嫌にもなりますよねー」
『4』って何よ。4、よん、四……昨日…ってひょっとして
水曜。山吹色、3。
木曜。水色、1
金曜。『蒼』色、2。
土曜。あれは、黄色ではなく、『金色』、3。
昨日、月曜。朱色、4――――
「なっ、なっ、なぁ―――――っ!!!」
「あ、お気づきになられましたか?お気づきになられましたね?」
爽やかな笑顔の琥珀さん。
「いやー、でもホントに志貴さんってスゴイですよね?週六日登板で一日平均2.6ってどこかの球団の中継ぎ投手でも不可能でホント有り得ませんよ?ところで今週は翡翠ちゃんはお月さまだもんですから可愛がられ足りてなくてお気づきでしょうけれどちょっとご機嫌斜め気味ですよ?それにしてもまぁ志貴さんってば大魔神って言いますかむしろ精力魔人の称号が」
「ごめん判ったから勘弁して下さい」
ダイニングテーブルに平伏して模擬土下座。むしろ心はどしゃ降りの日に泥濘の中で土下座。
なんか俺、今なら一時間ぐらい土下座出来そう。
「ところで琥珀様一つ質問が」
頭を下げたまま挙手してみる。
「はいなんでしょー?」
「蒼色の方と金色の方も数が書いてあるんですがこれは」
「あ、これは私が代筆させていただきましたー」
「…それってつまり琥珀さんが覗」
「いやですねーただの代筆ですってばー!もぉ前だの後ろだの上だの下だの区別するのも面倒なので合計で書かせて頂いてますが」
「…それにあの来月からしばらく紫の線が引かれていて秋葉の字で
『来日→強化月間』と書かれているのは」
「エジプトから巨乳三つ編みニーソの助っ人がやってきて5人ローテのところが6人ローテになるということかと。あ、でもダブルヘッダーとかもありますから一概に6人ローテとも言えませんねぇ、でも新人さんですからいきなり無理させちゃいけませんよ?あはー」
ハイ。ソウイエバ姉妹でタナトスっちゃったり遠野家ミンナデとかもヤッチャイマシタネ俺。
俺をだれか殺してよ。蝶、殺して。
言葉の羞恥責めに打たれるがままになっていると、琥珀さんがつつつと寄って来た。
耳元でそんなことよりも、と続けて曰く。
「今日の欄、まだ書かれてませんけど。志貴さんお書きになります?」
なんつーか、全敗です。んなこと言われましたら。
ため息一つ―――そんな嫌でもないくせに、―――ついて。
にこにこ御笑いになる琥珀さんの横で、山吹色――――琥珀色の、ペンで。
今日の日付の下に琥珀色の線を長く継ぎ足す。
「それだけですかぁー?」
「いえ…」
いたたまれない恥ずかしさ。
顔を伏せながらやや小さめの字で4、と書き込むと、
小さな声でさすがですねー、と囁きながら割烹着の小悪魔は頬にちゅ、とキスをくれた。
END