武道系の部活は昼錬が無いので昼休みの武道場は静かだ。
右手の竹刀で自身の肩をとんとんと軽く叩きながら、眉間をもみほぐす。
額にこういうものを作るのは不美人のすることだと常々思っていたが、残念ながら今の私はいい感じに不美人だ。
ついでに言うと昼飯を食べてないのも不機嫌に拍車をかけている。
それもこれも、足元で正座をしてこちらを窺っている馬鹿彼氏のせいだと思うんだ私は。
深めに息を吸って、はぁぁぁと力無く吐きだした。
「…ひとつため息つくと幸せがひとつ逃げるって言うぞ、美綴」
「黙らっしゃい」
「ハイ」
馬鹿の空気読めない突っ込みは本当にどうにかしてほしいがそんな馬鹿の彼女な自分がもうあああああ。
竹刀の先を衛宮の先に向けながら、馬鹿に問う。
「なあ衛宮、あたしがなんで怒ってるか分かるか?」
「…昼飯が、食えなかったから?」
放課後に間桐から、お昼に武道場の方からなんか美綴先輩の叫び声が聞こえたんですけど何かあったんですか?と聞かれたのはもちろんスルーした。
頭に出来たタンコブを小突くのは勘弁してやり、竹刀で衛宮の肩をこんこんと叩く。
「なあ衛宮」
「お、おう」
「あたしらが学校で何て呼ばれてるか知ってるか?」
「…嫁と、旦那」
「そうだ」
衛宮の答えは至極正しい。時によってその二つ名で呼ばれることがある。
「衛宮が『嫁』であたしが『旦那』だけどな?」
「・・・うん、まあ」
「だーからぁ!それをなんとかしたいからあーいう真似はどうにかしてくれって言ってんのよ!」
四限のチャイムが鳴って、昼休み。どことなくキョドりながらあたしの席へ向かってきた時点で、あたしは心の警報を鳴らすべきだった。
デカブツが心もち緊張した表情で歩いていれば若干なりとも目立つ。
ましてや、御揃いの柄のナプキンの包みが出てきた時点でもうね。
まあ、それから先はまあ御想像通りのアレだ。
もし美少女が言ったんならきっとムチャクチャ可愛いんだろうなと思えるような事を言い出してギャラリー騒然。黒豹実況。要らなきゃ寄越せコール(主に男子から)。
脱兎の如く教室から逃走したあたしは割と普通で、むしろ衛宮を置き去りにしなかった分薄情者でもない筈だ。
「あ、アスパラが嫌いだったのか?」
「そーじゃねー!」
「...弁当持ってきたこと自体、迷惑だったか?」
「そーは言ってねー!」
「...すまん、謝りたいんだが俺の何が美綴を怒らせてしまったのかわからない」
「あたしの返事の違いが理解出来ない奴にはまあわからないだろうさ」
不思議そうな顔をして首を傾げる馬鹿には現国0点を授与したいのにこいつの方が成績がいいというこの理不尽。
深く溜息をつくあたしの顔をしばらく見ていた衛宮が、突如はっとした表情をした後また顔を赤らめるのを見て不安が増大する。
「・・・どしたの?」
「中々分かってやれなくてすまなかった、やっと分かった。・・・その、あーん、てして欲しかったけど教室の中じゃ、・・・ってこと、だよな?」
「・・・ちっ、・・・!」
違うわこの馬鹿たれが!と軽い怒りとなんやかやで顔に血が上ったまま叫びだす寸前に、都合のいい打算が頭を掠めた。
いや、掠めたって言うか、その、即乗っ取られたって言うか。
「・・・わ、わかりゃあいいよ。・・・あんな教室の中じゃ、恥ずかしいだろ」
「すまん。・・・奥の縁側の方で食おう」
今までのやりとりからどう解釈したらそんな結論になるんだこの大馬鹿はと突っ込みたい気持ちは全力で抑える。
ん、とか小さく頷いて衛宮の袖の端を掴んだ自分も、もう大概に末期だわ。
誰か、あたしと衛宮を矯正プリーズ。
(了)