足取りは、鉛のように重かった。それなのに、いつの間に自分がここまで――――家の近くまで歩いてきたのか全く覚えていない。
さっきの倉庫での二人のやり取りが頭から離れない。
改めて自分に問う。セイバーにではなく。
――――いや。間違ってない。
これが、俺の悔いない道。
誰かのために。誰かのためにあり続ける。
それがあの焼け野原で切嗣に助けてもらった、あの朝焼けの別れを過ぎた俺の生きていく道のはず。
―――――それならば、おのずとやるべき事も決まる。なにも迷う事は無いじゃないか
そう思い決め、ようやく落とし続けていた視線を前へ向けると我が家の門の中に、人影があるのを認めた。
構わず門に入り、緋色の影にこちらから声を掛けた。
「――――遠坂」
「こんばんは、士郎」
門柱に寄りかかって腕組みをしたまま、遠坂はにこりともせずに言った。
「こんな遅くに、なんかあったのか」
「いえ何も。私にはね。それよりも」
ゆるく髪をかき上げて、玄関と俺の間に入る。
「こんなに遅くなるなんて士郎の方こそ、何かあったのかしら。――――何か驚くようなことが」
「・・・」
全部筒抜けか。こいつは、どんだけ俺ウォッチャーなんだ。
「まあね」
今更隠す意味もないだろうが、曖昧な返事をした。
「で、どうするのかしら」
「美綴のそばに居ようと思う。当分の間」
さっき決めた事を、そのまま言葉にする。
暗い中なのでよく分からないが、一瞬遠坂の眉が跳ねたような気がした。
「当分の間?」
遠坂の問いに頷く。
「魔術的なものなのかトラウマなのか分からないけど、美綴が本復するまで。あの戦いに巻き込まれた一般人の最後の一人、美綴を助けていきたい」
思ったままを正直に伝えると、暫く遠坂は無言だった。
家入っていいか、と聞こうとする寸前に遠坂がほんの少し口の端で笑ったのを見た。
「そう・・・ならしょうがないわね」
「・・・ん」
言いながら遠坂は玄関への道を空けるように二歩右に避け、俺はその脇を通り抜けようとした。
「あ、そうそう『衛宮くん』」
「 」
久しぶりに苗字で呼ばれた事に違和感を感じる間も返事をする間もなく、遠坂の方を振り返ろうとするよりも前に後頭部にハンマーのような衝撃を受けて地面に転がされた。
「・・・・・・ぐ、・・・?」
何が起きたのか分からなかった。
漸く平和に慣れた頭は誰かに襲撃されたのかとさえ思えなかった。
地に伏して白黒に明滅する視界の中に、女性ものの両脚が見えてかなり長く思える時間が過ぎてから自分が遠坂に魔力全開で殴り倒されたのかもしれない、と思い至る。
「私言ったわよね。力づくでもやめさせるって」
そんな声を頭上に聞いて目の前の片足が視界から消えた1秒後に顎に衝撃が加えられ、痛いと思う暇も無く俺の意識は吹っ飛ばされた。
数度鈍い音が玄関前からした後、玄関の引き戸が開けられた。
一人の人影とそれに引きずられる何かが屋敷の中に消えると、何事も無かったかのように引き戸は再び閉じられ、あたりには静寂が戻る。
「衛宮くん、もう聞こえてないでしょうけどね。私、貴方が氷室さんとお付き合いすればいいなと思っていたのよ?それなら運命と諦めた。ううん、綾子でも良かったわ。・・・理由がそれでさえなければね。でもね」
彼女は引きずった重たげで長いものを、居間に乱暴に投げ捨てる。
『それ』はかすかに呻いたが、意識を取り戻すには至らない。
彼女は『それ』を見下ろしたまま続ける。
「もしそれが理由なら。それが理由なら、あんたが救わなくてはならない存在はもっとそばに居るはずよ。そうでなければ許せない」
そこで彼女はほんの少しだけ、眉根を寄せた。
「そうでなければ救われない。・・・もしあんたがアイツになったとしてもそれでいいわ。あんたが救うべき存在は誰なのか、私が教えてあげる。少し、待ってなさい」
そして、彼女はゆったりと廊下を進む。黒電話の前に立つとおもむろに番号をダイヤルした。
「・・・・・・ああ、私よ。・・・・・・士郎が大ケガしてるわ、両手両脚骨折、応急処置済み。意識は無いけど命に別状はないわ。今からそっちに運ぶから、あんたの方で面倒見なさいな」
「・・・・・・・・・・・・さあ?知らないわ」
「・・・・・・・・・・・・ああ、当分休んでいいわ。藤村先生には私の方で上手くいっとくから」
「・・・・・・・・・・・・うん。・・・・・・・・・あんたの出来る事、してあげたい事をできるだけするといいわ。じゃあもう運ぶから。じゃね」
置いた受話器に手を置いたまま、最後に呟いた。
「・・・あんた達に。漸く、今から、自分の人生を始めさせてやるわ。・・・力づくでもね」
切れ長の瞳に、昏い光が宿っていた。
END