正鵠の果て5
- 2009/07/17
- 23:07
闇。
それは、瞑目してるから。
または、既に日が落ちて久しいから。
あるいは、仰向けで両腕を目の前で重ねているから。
それと同じくらい、何も見えない。何も見えてなかった、
俺は―――――。
藤ねえに頼まれた剣道場の倉庫の修繕に行こうとする前に、不穏な雰囲気の氷室に拉致られた。
そして、ぶつけられた直球。
動転した。しまくった。
その末に、自分の考えを下手なりに、詰まりながらどもりながらなんとか表現しようとしてみたが、そりゃそうだよなと思うくらい氷室の理解は得られなかった。
そして、美綴の事。
氷室は『なんなのかは私は知らないが』と前置きして言ったのは、多分本当に知らないからだろう。
そんな中で、彼女――――氷室はこっちの今回の騒ぎと無関係らしい事が分かってほっとすると、彼女はそれを読んだかのように更に不機嫌になった。
尤も『それを読んだかのよう』だったんだ、と気づいたのはほんのついさっきだけれど。
氷室は、おそらくは氷室にとって大事な一点――――非常に明瞭な問いを再び投げかけ、それにこんどこそ答えると不満げながらも去って行き、俺は衝撃も覚めやらぬままぼんやりさっきのやりとりを考えながら剣道場の倉庫の修繕に向かった。
――――『弓道場の倉庫と薄壁一つ挟んだ』、剣道場の倉庫へ。
心が乱れているときの作業は有り難い。悩みをスポーツで一時的にでも解消するのに似ている。
割れた棚板を新品に交換して取り付け終えて棚の下で床に仰向けになったまま、裏面からヤスリがけやささくれの除去を始める前に小休止を摂っている所だった。
日が暮れ、静けさが広がるころに隣室で響く女子の声。
壁が薄いことは承知していた。突然物音や男の声がしたら無用に驚かしてしまうだろう。突然倉庫という性質上長居しないだろうと踏んで休憩を長めにとることにして沈黙を守っていると、女子の声になんとなく聞き覚えのあるものを感じて、つい耳をそばだててしまった。
好奇心は鼠を殺す。
たとえわずかなものであっても、下世話な気持ちは無くてついなんとなくだったとしても。それを思い知った。
彼女達が倉庫を去り、弓道場の倉庫にも剣道場の倉庫にも真の静寂が訪れても、とても作業を再開する気にはなれない。
驚き。
後悔。
嬉しさ。
申し訳なさ。
それらのようなよく分からない何かに、立ち上がれない。
どうすればいい。
俺は、『誰か』のためにありたいのか。
こんな。道に迷っているとき、その先が闇であろうとも己の進む道を輝く剣先で示し、共に歩んでくれた少女がかつて居た。
先日の、遠坂の忠告が甦る。
「・・・俺は。間違ってたのかなぁ」
溜息と共に今はもう居ない彼女の名を呼んで、もう一度目を閉じた。
*******************
鍵を借りたい、と言うとかなり驚いたようで目を丸くしていたけれど、藤ねえは邪気無く笑っていいよ、と貸してくれた。警備にも連絡しておいてくれるらしい。
早朝。
あたりに人影は無い。朝錬がある部活でも流石にこの時間では誰も居ない。
陽は、まだ昇ろうとして空を赤く染め始めたところ。
入り口の鍵を開けて、中に入る。
道具は全て自分のものを用意しているので、用具置き場には用が無い。
着替えを済ませ、まだ暗い中その場で正座し瞑目する。
どれくらい黙想していただろうか。
静かに目を明ける。
「よし―――――」
小さく呟いて、弓道場の入り口から射位へ向かった。
それは、瞑目してるから。
または、既に日が落ちて久しいから。
あるいは、仰向けで両腕を目の前で重ねているから。
それと同じくらい、何も見えない。何も見えてなかった、
俺は―――――。
藤ねえに頼まれた剣道場の倉庫の修繕に行こうとする前に、不穏な雰囲気の氷室に拉致られた。
そして、ぶつけられた直球。
動転した。しまくった。
その末に、自分の考えを下手なりに、詰まりながらどもりながらなんとか表現しようとしてみたが、そりゃそうだよなと思うくらい氷室の理解は得られなかった。
そして、美綴の事。
氷室は『なんなのかは私は知らないが』と前置きして言ったのは、多分本当に知らないからだろう。
そんな中で、彼女――――氷室はこっちの今回の騒ぎと無関係らしい事が分かってほっとすると、彼女はそれを読んだかのように更に不機嫌になった。
尤も『それを読んだかのよう』だったんだ、と気づいたのはほんのついさっきだけれど。
氷室は、おそらくは氷室にとって大事な一点――――非常に明瞭な問いを再び投げかけ、それにこんどこそ答えると不満げながらも去って行き、俺は衝撃も覚めやらぬままぼんやりさっきのやりとりを考えながら剣道場の倉庫の修繕に向かった。
――――『弓道場の倉庫と薄壁一つ挟んだ』、剣道場の倉庫へ。
心が乱れているときの作業は有り難い。悩みをスポーツで一時的にでも解消するのに似ている。
割れた棚板を新品に交換して取り付け終えて棚の下で床に仰向けになったまま、裏面からヤスリがけやささくれの除去を始める前に小休止を摂っている所だった。
日が暮れ、静けさが広がるころに隣室で響く女子の声。
壁が薄いことは承知していた。突然物音や男の声がしたら無用に驚かしてしまうだろう。突然倉庫という性質上長居しないだろうと踏んで休憩を長めにとることにして沈黙を守っていると、女子の声になんとなく聞き覚えのあるものを感じて、つい耳をそばだててしまった。
好奇心は鼠を殺す。
たとえわずかなものであっても、下世話な気持ちは無くてついなんとなくだったとしても。それを思い知った。
彼女達が倉庫を去り、弓道場の倉庫にも剣道場の倉庫にも真の静寂が訪れても、とても作業を再開する気にはなれない。
驚き。
後悔。
嬉しさ。
申し訳なさ。
それらのようなよく分からない何かに、立ち上がれない。
どうすればいい。
俺は、『誰か』のためにありたいのか。
こんな。道に迷っているとき、その先が闇であろうとも己の進む道を輝く剣先で示し、共に歩んでくれた少女がかつて居た。
先日の、遠坂の忠告が甦る。
「・・・俺は。間違ってたのかなぁ」
溜息と共に今はもう居ない彼女の名を呼んで、もう一度目を閉じた。
*******************
鍵を借りたい、と言うとかなり驚いたようで目を丸くしていたけれど、藤ねえは邪気無く笑っていいよ、と貸してくれた。警備にも連絡しておいてくれるらしい。
早朝。
あたりに人影は無い。朝錬がある部活でも流石にこの時間では誰も居ない。
陽は、まだ昇ろうとして空を赤く染め始めたところ。
入り口の鍵を開けて、中に入る。
道具は全て自分のものを用意しているので、用具置き場には用が無い。
着替えを済ませ、まだ暗い中その場で正座し瞑目する。
どれくらい黙想していただろうか。
静かに目を明ける。
「よし―――――」
小さく呟いて、弓道場の入り口から射位へ向かった。