「うん。あたしそれ解るよ」
わかる。氷室の疑問も、衛宮の態度も。
特に感慨はない。道を聞かれたから答えるのに似ている。
「…よかったら説明願いたい」
腕を組み軽く頷いて、氷室が続きを促す。
「結論から言っちゃうと、氷室は『普通の人』だったからなんだ…と思う」
「……話が見えん。それはどういう意味だ?」
「あ、えっと。あたしの説明が悪い、要はさ」
こないだの夜に感じた、衛宮の『あたしを見る目』。それを、そのまま言葉にする。
「衛宮はさ。消防士のつもりなんだよ」
「………」
「じゃなきゃ、医者。どっちか」
「……病人扱い、ということか?」
口元を結んだまま、傾げた頭に合わせて銀糸のような氷室の髪が揺れる。
「いや、だから氷室は病人じゃなかったんだ、と思う。だから相手をする気が起きない。というかする必要を認めなかった…んじゃないかって」
「…………つまりあれか、告白したにも拘らず、女として見られなかったということか」
氷室が口元をふっと歪ませて足を踏みかえると、きしりと床が鳴った。
「………まあ、あたしもおんなじだったから。ははは」
我ながら乾ききった笑い。こんだけ美人な氷室でもそれを否定してあげられない事に思わずウソくさくても笑ってしまった。
「………成程、少し解った。美綴嬢、貴女は衛宮の『病人』だったんだな」
ややあって、氷室は何度か納得するように頷いた。
「そう。あたし、しばらく前にダウンして学校休んでた事があったよね?詳しい事は省くんだけど、あれがどうやら衛宮にとって『自分が助けられたはずのケガ人』だったらしいんだわ。氷室が言う『貸し』みたいなものかな。で、衛宮はあんなだから何くれとなく世話焼いてくれるじゃん?こっちはそんなこと知らないから、その気になって似たような事聞いてみたわけよ」
ひとつ息をついて腕を頭の後ろで組む。
「そんとき解った。『火事場で救出者に告白された消防士の目』されたんだわ、思っきり」
遠坂は知っていたんだ、衛宮の本質を。
衛宮が、『誰かの為なら』なんでも出来る理由。
その『誰か』は特定の一人でなく、どこまでいっても『誰か』でしかない事を。
これこそが、衛宮の正鵠。
―――――この、鳩尾の上辺りに感じる軽い痛みは、部活やりすぎて筋肉痛になったせい。
「―――――ふん」
しばらく黙っていた氷室が、小さく鼻を鳴らす。
「気に入らないほど腑に落ちるな」
憂いのある微笑に、あらためて氷室って美人なんだなと思う。
「つまり美綴嬢は勘違いして空回った病人で、私は衛宮医院の入り口で追い返された健常者だったということか」
「…あー、遠坂には警告されてたんだけどねー。ははっ」
頭の上の腕を前で組む。
空元気でも、多少笑う心の余裕が出来てきた。
「遠坂嬢?………いや、彼女の言い方は違うような気がしたが」
「…へ?」
「いやこちらの話だ、なにより結果はこの通りだからな。ところで」
氷室が白い指でゆっくりと髪をかき上げる。
「それで、どうするんだ?貴女は」
「どう、って」
「大人しく退院するのかね、衛宮医院を」
ああ、そういう意味か。
それは暫く悩んでた。というか、もやもやしていた。
けれど、結論は出た。
「いやぁ、遠坂によると実はもうあたし退院させられてたらしいんだけどね」
「なんだ、そうなのか」
「でも衛宮がすきだよ」
流れるように唇から言葉が出た。
「氷室も知ってるだろうけど衛宮優しいってのも、あの人格にも問題があって気になるってのもあるけど。まあそういうの抜きにしてもやっぱり好きなんだ」
ただの二文字が、心音を高める。
「ほぼ振られたも同然だし、向こうからどう見られてるかってのも自覚あるけど。たぶんそのうち、はっきり言うと思う。で、断られてもやっぱり好きだと思う」
こういうのが、吹っ切れるっていうのかな。
すごく、穏やかだ。
「そうか。それはそれで良い事だろう。多少の幸運を祈る」
「氷室は?」
「振られたての女にいきなり再起しろというのも、別の女がくっつくのを全面的に応援しろというのも酷な事だろう。疑問は概ね晴れたこともあるし、少し頭の整理をさせてくれ」
「そっか」
つい調子に乗って無神経な事を聞いてしまったと思ったが、一つ息を吐くと氷室はいつもの氷室らしい笑みを浮かべた。
「しかしまあ、あれだな」
「?」
「ありきたりな表現だが美綴嬢とはもう少し違う出会いであれば、と思ってな」
「んー、そうかもしれないけど、まあこれからも解らないし」
「そうだな。今後美綴嬢にあの黒豹の調教を代わってもらうのも良いかもな」
そら無理だ、と軽く二人で笑うと、目線を合図に倉庫をあとにした。