とりあえず。
翌朝学校で顔を合わせた衛宮に真っ先にするべき事は、謝る事とお礼を言う事だと思ったのでその通りにした。
「昨日はゴメン、なんか貧血?みたいになっちゃったぽくて。あと、手当てありがと」
「ああ、いや。俺は運んだだけであとは遠坂が、たまたま居てくれて遠坂がやってくれてたから、こっちは全然」
夕べ何があったとはあまり他人に知られたくないので、クラスの隅の方で喧騒にまぎれて話した。
視線は、お互いに若干投げるだけ。
もう一回軽くほんとサンキュねと言うと、ん、と僅かに頷いて衛宮とあたしは席に着いた。
いつもの、温度。
いつもの、空気。
ただの友人よりは、少し温かいくらいの。
夕べのちょっとした事件の後だけに、その当たり前さにかなりの安心と僅かなつまらなさを得てようやくあたしは現在の、あたしと衛宮の距離について思い至る余裕が出来た。
教壇からの声が静かに響く。穏やかな日差しを受けながら、一仕事を終えたあたしはぼんやり考える。
夕べの倉庫。
まだ衛宮が弓道部だった日々。
辞めたあと。
弓道部の、ロッカー。
あの、「何も無い」射の日。
手を繋いで歩いた大橋。
あの路地と、過呼吸。遠坂。
たった今の会話。
てんでばらばらに思い起こされるのを頭の中で時系列順に整理して、それぞれの印象から衛宮との距離を想像していく。
・・・そんなに、離れちゃいない。
過呼吸だか過換気だかの所為でかなり離れたような気がしていたけど、あの事件を除けばむしろかなり近しい間柄だろう。
あまり意識はするな。
今のまま、フツーに仲良くしていけばいい。
魔術だなんやらはもう関係ないし、あたしらしく単純に、部活や学生生活の中であたしのしたい範囲で、したいレベルで近づけばいい。それでもし、その間に誰かが衛宮と親密になったとしても多分悔いはない。
いつかの衛宮のあの表情も、そのうちきっと分かる。そして溶ける。
ような気が、その時はしていた。
その後は、自分で決めたとおり、いつもの自分通りだった。
体調も全く問題ない。
部活に打ち込んで、テストに苦しみ、クラスで軽口叩いて、たまに一緒に帰る。
その中でもたまに喫茶店に寄ったり、更にたまには休日に一緒に出かけたりもした。
衛宮が部活を辞めた頃より、確かに距離は縮まっていた。
どこがどう、というと二人だけで話すときの物理的な距離が縮まっている事を思い返してあたしはそれをなんとなく確認していた。
衛宮の関心が、以前よりあたしに向いているのが分かる。
ふとしたときに、視線が合う。
衛宮からも帰りを誘われた。
衛宮ブランドの飯も食わしてもらった。これは女としてどうなのかともちょっと思ったけど、ある意味プライドを刺激する材料ともなったのでまあよしとしよう。
なのに。
何かが、心に引っかかる。
彼女を気取るわけじゃないが他の女の影も見当たらない、ってか色々センスの無いあたしにゃ分からない。何でも顔に出る衛宮なわけだからつまりあったとしても衛宮は意識してないか、その女はよほどうまくやってるかのどっちかか両方だ。
遠坂は別格扱い。アレは・・・よく分からないけど、そういうつもりじゃなさそうだし学校じゃそんなそぶりはこれっぽっちも見えない。
そういうことじゃなくて、気になるのは衛宮の・・・なんて言うか、『あたしの見方』みたいなものだ。
期待したほど好意を向けてくれないというんじゃない。
女としてもっと意識して欲しい、ってわけじゃない。
普通の友人のように見られている、と言うわけでもない。
なんか、表現しにくい『違和感』。
近づけば近づくほど、思っていたものとの違いに気づかされる。
衛宮はより好意を向けてくれている。
あたしも好意は増していく。
なのになにか、あたしはひどい勘違いをしていた気分になるのは何故なのか――――?