目を明けても、あたりは尚暗かった。
天井に、和風のペンダント照明の形がぼんやり見える。
寝て、いる。
目が覚めて、あたしはどこかの和室に寝かされている事を理解した。
寝起きで若干頭がぼんやりしているけど、意識を失うまでのあの息苦しさも無い。
段々目が慣れてくると、右側から光の筋がかすかに飛び込んで来ているのが見えて、そちらを振り向くと、掛けられていた薄手の布団がかさりと鳴った。
(あ、起きたみたい。じゃ、あとは任せて)
(ああ)
光の方から男女の小声が聞こえると、静かに襖が開けられて光の筋が束となりあたしは少し目を細めた。
逆光で顔は見えなくとも、特徴的な髪型とその声ですぐに判別した。
「とお・・・坂」
「もう大丈夫みたいね」
「ああ・・・」
遠坂が枕元に座る。
そうなんだ、という意味でああ、と言ったんだけど同意と受け取られたのか。
「なんか、飲む?」
「いや・・・いい。それより」
両手を布団から出して胸の前で組んだ。
「・・・・・・・・・・・・何から説明して欲しい?」
「・・・任せるわ」
一つ深呼吸をした。
「まずここは衛宮くん家。新都で衛宮くんと歩いてたら、貧血みたいな感じで貴女は倒れたらしいわ。私が通りがかったときはもう貴女の様子は落ち着いてきてたみたいだけど、寝てたのか意識が無かったみたいだったから大事をとってタクシーで衛宮くん家に運んだのよ。綾子の家が分からなかったからね。
私が居るのは付き添い。意識の無い女の子に男一人ってわけにもいかないでしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
『通りがかった』のあたりは若干は疑わしい気がする、とぼーっとした頭で考える。
「と、あと士郎から何を聞いてるかは知らないけど」
言葉を切ってこちらを見る。
「私の見立てでは、多分綾子のそれはただの過呼吸よ。もうなんともないでしょう?」
「・・・・・・・・・はあ」
そうなの?としか言いようが無い。言われてみればあの時の症状はそれに近かったかもしれないけど。
―――――まて、いま遠坂は『衛宮が何を言ったかは知らないが』って言った。
それはつまり衛宮が遠坂に、あたしに聖杯戦争とやらの事を喋った事を知っているってことだ。その上で遠坂は過呼吸だって言った、つまりあのファンタジーの世界とは関係ないって事を言ってるのか。
こいつの説明が回りくどいのか、あたしの頭がボケてるのか良く分からない。
「あたしはさ、ムヅカシイ世界の話は良く分からないんだけど。そういうのは、関係ナイってことかね」
「何を指してるのか良く分からないけど、多分そうよ?」
でた、あのうそ臭い笑顔。溜息を一つつく。
「――――ホント、関係ないわ。私や士郎だってもう無関係だもの。ましてや綾子は何も心配する必要はないわ。
―――――ただちょっと恐い思いをした場所っていうのと、あと『心拍数が上がるような何かをしていた』っていうのが原因だと思うんだ・け・ど。何か心当たりはないかしらねぇ綾子?」
「・・・・・・・・・さぁね」
やたらニヤニヤする遠坂から視線を逸らして背中を向ける。こんな顔見たことあったっけ、と思うような真摯で優しげな顔をしたかと思うとすぐこれか。こいつやっぱ化け猫だ。
「でもね、綾子」
「・・・なんだよ」
「士郎はねぇ、止めておいた方がいいと思うわ私は」
背中越しの声は軽い割りに妙に真実味があった。
「別に、好きだとか言った覚えはあたし無いんだけど。なんでまた」
「んー・・・。多分なんだけどね。士郎の善意に、ざっくりと傷つけられるわ、貴女」
「ふーん・・・?」
善意に?
傷つけられる?何故?
「まぁ何にせよあたしにはあんまり関係ないよ。・・・思うよーに暮らしてくだけだから」
「・・・そう。じゃ私、お茶とか持ってくるから。呼ぶまで、もう少し寝てて」
「ん。・・・あ」
忘れていた疑問をふと思い出して立ち上がってる遠坂の方へ振り向いた。
「ところでさ」
「何かしら?」
「いつから遠坂は衛宮の事を士郎って呼ぶようになったんだ?」
ツインテールの同級生は、面白いくらいに目を丸くした。