結果として、戦はてるの思惑通りとなった。
明け方の森にまぎれて開戦直後にきくが魔戦将軍を暗殺し、魔軍が混乱する間にランス本隊に成功の連絡が届き総攻撃をかけた。
言うまでも無く一方的な殲滅戦が展開され、前衛部隊が存分に魔軍を打ち払っていく。
八つ当たり半分、鬱憤晴らし半分のマジックの白色破壊光線をとどめに、織田家の勝利で戦闘は幕を閉じた。
さて。
当然ながら毛利家、とりわけてるの得意や思うべしだ。
超ご機嫌で猪口を傾けながら、毛利家の部屋できくに着せ替えショーをやらせて寛いでいた。
「て、てる姉…マジでこれはねえって!こんなフリフリ、あたしには似合わねえよぉ…」
「そうか。じゃあさっきの穴あきの方か。一度ふっきれると意外に助平だなお前も」
「無理に決まってるだろあんなのっ(赤)」
「あれもいや、これもいや…我はそんな我侭な妹に育てた覚えは無いぞ?」
「てる姉のチョイスが無茶ばっかなんだって!それに呼ばれるかどうかだって…わかんないだろ」
「それは有り得んだろう、あの場で堂々ランスが言ったのだ。流石にあのデコどもも今宵は遠慮するだろう。万一そんな空気の読めん奴がおれば、我が打ち倒してくれるわ」
…どたどたどた。
そう嘯き上機嫌でにやりと口元を歪めたてるの目つきが、廊下を通り過ぎる足音を聞いて一瞬でしらふのそれに変わった。
ガチャっと音を立てて愛用の槍をつかむと素早く立ち上がって廊下へ飛び出していく。
「て、てる姉!?」
虚を突かれたきくが慌てて呼び止めるのを無視して、今戦場から帰ってきましたと言わんばかりの姿で廊下を大股で歩いている人物に、てるは物も言わず槍で殴りかかった。
ピシっ!
その人物―――――戦姫は、振り向きもせずその槍の柄をつかんだ。
「―――――何をする」
言葉と共に、ようやく戦姫は振り返った。
「油揚げを狙う頭が銀色の鼠を見つけたものでな。鼠退治だ」
「それならよそでやれ。私はランスに用がある」
『私はランスに用がある』
上気した頬でのたまったその言葉に、てるは―――――謙信・五十六の事件を知っているてるは、正に文字通り激高した。
ブンッ!
小柄な体のどこにあるのかという力で強引に槍を引き抜くと、力いっぱい戦姫に打ちかかり、振り回す。
「ランスへの用事なら我らを通してもらおうか」
「…お前達の許可をとる必要がどこにある」
ザザッと庭の石を踏み荒らして二人は立ち回り、戦姫はてるの鋭鋒をかわし続ける。
「ここは我等の土地であるからな。どこを関所にしようと我等の自由よ」
「すでにランスの土地だろう」
「黙れ」
てるが攻め、戦姫がかわす。
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「やべっ、間に合わなかったか・・・。な、なあてる姉ちょっと待とうぜ!?」
「お前は黙っていろ」
「で、でもよぉ・・・」
事情はきくも分かるだけに、きくを想って襲撃に及んだ姉を止めにくい。
きくとしては個人技では姉よりやや戦姫の方が上だろうとは思うので、戦姫が守勢にかわす事に専念していてくれる限りは双方に大怪我はないかもと思いながらも気が気ではない。
しかしきくに目もくれずブオン、ブンッと轟音と共にてるが振り回す槍の音と、戦姫が足捌きでそれをかわして玉砂利を踏み鳴らす音に流石に何事かと人も集まってきたが、凄腕二人が争う中にうっかり飛び込むと自分が大怪我しかねない。
結局のところ。
気の利いた者がランスと謙信を呼び、せーのでランスがてるを抱きとめ、謙信が戦姫の前に立ちふさがる事で漸く事なきを得た。
「おいおい、いったい何があったんだ」
華奢なてるは、ランスの腕の中にすっぽり収まっている。
「図体のでかい、頭の銀色な変な鼠がいたんでな。毛利の地から叩き出してくれようとしただけだ」
「…その小さいのが突然殴りかかってきたので少し遊んでやっただけだ」
「…離せランス。こいつは一撃くれてやらんと気が済まん」
「うおっ、と。やめとけ、てるさんよ。だから、なんなんだ二人とも!?」
視線も合わせず、理由を答えない二人に代わって、ほんとに何があったんだとランスに問われてきく、謙信、愛はお互いの顔を見合わせた。
上杉主従は概ねの事は察しているものの、部外者がこういったことを説明するのもまずい気がするし、きくはきくで当事者なだけに言いにくい。
「……………あー、えーとですね、ランス」
「…興が醒めた。私は部屋に帰る」
愛が適当な嘘をつこうとしたところで、謙信の陰に立っていた戦姫が踵を返して部屋へと帰っていく。
「………ふん。我も鼠が退散すれば用は無い。風呂に行くぞ。ランス、貴様は背中を流せ」
言い捨てて、ランスの方を振り向きもせずきくに槍を投げ渡すとすたすたと浴場へとてるは向かった。
「へ?なんだよそりゃ。おーい!てるさーん!・・・・・・・・・・・・ったく、帰るか・・・」
しかし、訳も分からず残されたランスの前にきくが立ち塞がった。
「あ、ま、待ってくれよランス。悪りいんだけどてる姉頼むよ、あれきっとすげえ機嫌悪いんだ。長年見てたから、あたしらには分かるんだよ」
「そんなの俺様が相手しなけりゃならんのか」
「ランスが居れば機嫌良くなると思うんだ・・・たぶん」
「ふーん・・・じゃ、今はてるさんとこへ行ってやるから、きくちゃんには今夜そのお礼をしてもらうからな?ぐふふ・・・!」
「わ、分かったよっ(赤)」
そっぽを向きながらも邪悪なランスの笑みをチラ見して、きくは頬を染めた。
――――――と、ランスが微妙にご機嫌でてると浴場に向かったのが20分前。
しかしてるの一方でない不機嫌に、再びランスは呑まれた。
ランスに三助をやらせるばかりか髪も洗わせ、抱っこで湯船まで連れて行かせたところで、冒頭の二人の位置へ還る。
しかし、腕組みをして難しい顔をしているてるをもしきくかちぬかが見たら、てるが案外不機嫌でない事を見抜いただろう。
真に激怒しているときはてるは無表情になることを知っているからだ。
「いいかランス」
「・・・んぁ?」
「我は怒ってなど居ない」
「そーかよ・・・・・・」
どうみてもそうとしか思えないてるに、溜息まじりに相槌をうつ。
「しかしお前はだな、はもう少し敏感にならなくてはいかん」
「・・・何にだ」
そうだな、と言いながらてるが浴槽から立ち上がり、白く小ぶりなお尻を揺らして脱衣所の方へとゆっくり歩き出す。
「例えば、天井裏に潜む忍者の気配程度は読み取れ」
「ああ?誰か居るのか、かなみか?」
(・・・・・・・・・)
天井を見上げるが、応えは無い。
「・・・誰も居ないみたいじゃないか」
「そうか?じゃあ試してみるか。・・・いいか、5つ数えるうちにランスの上に降りて来なかったら折檻だ。一。二」
てるは数えながら浴槽を出て、振り向きもせず脱衣所へと向かう。
『ちょ、ちょっと待てよてる姉!あたし服着たままだよ!?なあてる姉ってば!』
「うお!?」
天井から響くきくの声に驚く。
「三。四」
構わず数えながら脱衣所の引き戸をがららと開けると、てるの後ろでキャーだのぼちゃーんだのうおぉだのと騒ぐ声がする。
「ふん。少しばかり気が晴れたわ」
てるは脱衣所で身体を拭き始めるたところで、ふと手を止めた。
静かになった浴場から、男の含み笑いと押し殺しながらも女の甘い呻きが小さく響く。
「・・・・・・よく考えれば、我も功労者だな。いや、むしろ我こそ殊勲賞だろう」
そう呟いててるは脱衣場の入り口に『清掃中』の札をかけ、再び浴場への引き戸を引いた。
・・・さてさて、世は全てこともなし。