風呂は毛利の独壇場(1)
- 2009/03/29
- 18:52
毛利てるは不機嫌だった。
小さな口を真一文字に結び、細い腕を慎ましやかな胸の下で組みながら瞑目している。
「うぉーい」
額にはかすかに玉の汗。端正な眉根は目尻に向かって細く切れ上がる。
「てるさんよぉー」
鎖骨の辺りを揺れる水面に、立ち上る白い靄。
てるは、入浴の最中だった。
「なぁー、ったら・・・・・・・・・・・・ちっ」
湯船の中で、ランスの足の間に背後から抱えられながら。
毛利てるは、すこぶる不機嫌だった。
話は――――『禍根』は、先月まで遡る。
魔軍との防衛戦だった。
この日は前衛――――とりわけ謙信の活躍目覚しく先制の一撃で織田家を大いに優位に導き最終的には敵将三体を討ち取るなど、実力通りとは言え謙信殊勲の日であった。
上杉家の意気はもちろん上がる一方、謙信、ことに愛の喜びは一通りでない。
これにはある習慣―――――各々の戦の殊勲者が女武将の場合はその晩(多くは褒美と称して)ランスに呼ばれるという、不文律とも言える決まりがあった為だ。
それを積極的には望まない者も大抵呼ばれたが、近年言われるようにランスが丸くなった為なのか十分満たされていた為か、嫌がる者は基本的に無理強いされなかった。が、ランスを憎からず想っている者にとっては文字通り褒美という呼び方も当たらずとも遠からずと言える時間だったのだ。
直江愛としては好色なランスが当然今夜は謙信を呼ぶ事に一点の疑いも持たず、上機嫌で一番風呂を上がった謙信の髪を夜や遅しと梳いていた。
強いて言うならば、流石の愛にもこの時間に油断があった。
もし平時の愛ならば、廊下を女性らしからぬ音を立てて通り過ぎる人物に気づいたかもしれない。
結果から言ってこの晩、直江愛は出し抜かれることになる。
何も知らない主従は夕餉もとっくに済ませて、待てど暮らせどもランスもその使いも(大抵はランス本人が待ちきれずに攫いに来るが)来ない。
何かあったのだろうか、と心配する謙信をランスの部屋へ見に行かせると、ほどなくして困ったような顔をして謙信が戻ってきた。
ランスは居たのかと聞いても謙信は言葉を濁して要を得ない。暫く問答して、埒があかないと判断した愛はランスの部屋へ自身が見に行こうとしたところで漸く謙信が白状した。
既に女性と居る(具体的には言わなかったが要はヤッている)、その女性はおそらくは千姫だと。
愛は激怒した。激怒と同時に後悔した。
千姫の乱行(?)はこれが初めてでない。彼女はその性癖から、表情からは察し難いが戦の後はかなり興奮していることがあり、戦の勢いそのままに激しくランスを求めることがあるからだ。千姫がランスに好意を抱いて以降、その戦いのMVPたる者と競合する事が無かったのはひとえに彼女が敗戦処理や防衛・撤退戦を好む傾向があったことによる。
彼女はあまりというか、かなり物事に頓着せず誰遠慮なく奔放に行動する。
千姫は謙信を嫌うどころではなく言葉も少なくむしろ変わり者と言える彼女の数少ない友人であったが、油揚げを掻っ攫うような行いをしてしまったのは悪意ではなくそこに思い至らなかった為だ。
もし謙信が行為の最中に踏み込んで来て本日の殊勲者たる権利を主張したならば、それはすまない事をした、と言って譲ったのかもしれないが勿論謙信にそういった事が出来るはずも無い。
むしろ、千殿ならば(友人であるし美人だし)止むを得まい、位に思っていた。
千姫と謙信の親交を知らぬ愛ではないが、流石に腹に据えかねた怒りは翌日のランスへの説教で爆発させ、収まりきらない分は今晩は必ず呼ぶと約束させた謙信を完全美装で送り出し、翌朝(というか昼)帰ってきた謙信の照れた笑顔を見たことでようやく昇華された。
この件はこれで落ち着いたが、今月の初め。
全く同じ事が起きてしまった。
この日は野戦だった。
高台から、後衛の五十六が開戦いきなり疾風点破で魔戦将軍を仕留める神業を見せ、前衛同士の接触を待たず混乱し崩壊していく魔軍の掃討戦へと状況を一変させた。
魔軍が魔法部隊を持たない一団だった為、長距離攻撃が届きやすい高台に陣取って引き付けるまでに後衛部隊で勢力を殺いで行く作戦だったが、ランスから『チャンスがあったら狙え』と指示されていたのを見事に果たしたのだ。
開戦直後に決着をつけた五十六の功績は疑いなく、今宵ランスの腕を枕に眠るのは一途に慕う彼女のはずであった。
しかし。
千姫の行動は余人には読み難い。先の謙信と、全く同じ事が起こってしまったのだ。
戦場ではともかく、平素においては五十六も謙信と同じく大人しい。あまり表情に出さないようにしながらも落胆してすごすごと部屋へ帰ろうとしたが、今度はこれに怒りを露わにしたのが雪姫だった。
本来雪姫と五十六は競合する間柄であるが、雪姫は五十六に好意的だった。
戦国のJAPANにおいて大大名の閨房がどのようなものであるか雪姫は理解していたし出身地が比較的近いと言う事もあったが、雪姫はランスを例外として基本的に誠実で温和な人物を好んだ。
そういう意味で五十六や風華、異国の者でもリズナなどとは親交が深く、また名取を姉のように慕いのぞみを妹のように可愛がっていたが、逆に言動があまり(JAPAN的な概念でいう)女性的でない毛利一族や竜馬、千姫、マジック等は苦手だったし、ウルザや愛のような理知的なタイプも今ひとつ得意ではなかった。
五十六大手柄の知らせに雪姫はいたく喜び、かねてから用意していた名産の友禅の晴れ着をお祝いに持参し、あまつさえランスの性格を考え薄襦袢までも用意し五十六を赤面させていたものだ。
それがあろうことか、晴れ着(遠慮するのを強引に着せた)のまますごすごとランスの部屋の方から帰って来る五十六に愕然とした。
初めは自分の着せた着物が不興を買ったのかと思い青くなったが、五十六に事情を聞いて絶句した。
雪姫は親に似ず結構な激情家だ。
翌朝(というか昼)、千姫が既に去った後ランスが自室を出ようとしたときに初め見たものは、口を真一文字に結んで廊下に正座する雪姫だった。
なんだこんな昼間から抱かれに来たのか、と軽口をかけると違いますとつっけんどんに答える。
ほっといて歩き出すとついて来る。
なんなんだ、と聞いてもご自分の胸にお聞き下さいませ、とにべもない。
埒があかないのでさせるがままにしていたら厠以外どこへでもついて来るし、美女とは言えじっと睨まれては鬱陶しい事この上ない。
自室に戻れば障子の外の廊下に正座して、聞けば寝てない上に朝昼共に食べておらず言わばハンスト状態だという。
さすがのランスもこれには辟易した。
しかしこんなときに使える鈴女は今日は不在だ。おやじの義景に聞いても知らん、好きにさせているとしか答えない。
知恵の回りそうな愛に聞いてみるとあぁ、と頷き、分かるような気がしますが私が口を出す事ではありませんので、と煙にまかれた。
結果から言って、ここに名取が居た事がランスにとって幸いだった。比較的地元が近く、ここでは年長組になる彼女なら何か分かるかも知れないと聞いてみた。
すると彼女はうーんと首をかしげ、おそらくはこうすればよいと思います、と取るべき行動をランスに示した。
ただ、何故そんなことでいいんだ?と問うのにはそれは御自分で考えなくてはいけません、と嫣然と微笑を浮かべるのみだった。
さて、若干釈然としないながらも他に策のあてが無いランスは名取の言うとおりにしてみた。
事前に五十六に昨日の(着ていた事もランスは知らないが)着物を着て部屋まで来るよう指示し、縁側に座る雪姫の前で五十六に相対した。
「あ、あー。五十六、その着物・・・・・・・・・むむ。実際よく似合うじゃないか、可愛いぞ五十六。大変グッドだ、さあ来いがはははは!」
五十六の艶姿に名取の案を実行したことも忘れ、はにかむ彼女の肩を抱いて自室へずかずかと入っていくランスを見て、漸く雪姫はにこりと笑みを浮かべてふらふらと自室へと戻って行った。
謙信のときは愛にさんざん説教されたがそんなことはすっかり忘れていたランスは、この時はついに最後まで雪姫が怒っていた理由も機嫌が直った訳も分からずじまいだった。
そして、今日の山岳戦。
この地方の地理に明るい事もあって毛利三姉妹が起用され、それにランス、加えて前衛に千姫、後衛にマジックの陣容が愛から提案された。
前衛は足軽を厚く配置しちぬも加えてマジックの白色破壊光線詠唱までの時間を稼ぎ、攻撃力の高いランスと機動力のあるきくでとどめを刺すというのが愛の戦術案だ。
しかし、それに異を唱えたのがてるだ。
「今回の戦に魔法部隊など必要ない。我等とランスのみで叩き潰してくれるわ」
軍議の場で、自信満々に言い放った。
真っ向から反対したのは勿論マジックだ。
ランスも出陣するこの戦は当然自分が主役で大活躍のはずで、ランスに褒められて夜はどうしてもって呼ばれるなら流行の香水もゼスから届いたし優しくしてくれるなら行ってあげなくもなくってえへへ、と思っていたのが御破算になりかねないのだ。
「貴方達だけで倒せるわけないでしょう、いくらランスが強くったってね。今回の作戦はさっき直江さんが説明したように皆で私の魔法をサポートする作戦なのよ」
「それが拙いと言うのだ。あの魔法をこんな山の中でぶっ放しても当たるかどうか判りはせん。それよりも我等に任せたほうが余程確実だというのだ」
「・・・・・・私の魔法が役に立たないって言うわけ?」
「そう聞こえたか?」
(・・・・・・・・・マズったかしら)
一触即発のてるとマジックのやり取りを眺めて、愛は僅かに顔を顰めた。
確かにてるの言い分には一理ある。言われてみればこの地理条件では白色破壊光線は下手をすると敵主力に当たらず効果が薄くなってしまう可能性はある。前衛は足軽中心なので自軍の壊滅は無いだろうがうっかり外すと勝ちきれないおそれがあるだろう。
破壊力の大きさでマジック起用を提案したが、若干ギャンブル性をはらんでいるかもしれない。
「――――という事ですが。どうですか、ランス」
どちらの意見を支持しても角が立つし、最善と思って出した案も問題点は否定できない。ならばここはランスに下駄を預けてみよう。
「…ふーん。てるさん、なんか具体的に策はあるのかよ」
「無論だ。きくに親玉を急襲させる」
「へっ!?あ、あたしかよ!?」
人事のように頭の後ろで腕を組んで軍議に参加していたきくが、
文字通り鳩が豆鉄砲食ったような顔をする。
「魔戦将軍さえ始末してしまえば残りは烏合の衆よ。我らとランスで存分に蹴散らそうぞ」
他人事のように聞いてたきくが慌てるのを無視して、てるはにやりと笑った。
ちぬも大技を持っているが準備が長く、これよりはマジックの白色破壊光線が先に決まってしまう。一気にケリをつけるなら、確かにこれしかないだろう。
「……そうか。どうだ、きくちゃん?」
「ど、どうだって何だよ?」
「出来るのかってことだ」
きくはしばらく中空に視線をさまよわせた後、ランスとてるを見比べながら答えた。
「…………出来る、と思う。ここは、うちの庭だからな」
ランスと出会う以前の粗暴な口振りとはうって変わって、おずおずとではあるが言い切った。
「そうか、じゃあ採用だ。前衛で陽動、きくちゃんが仕留めたら俺様が雑魚どもを掃討だ、がはははは!」
「…ということですので。皆様そのように御準備を」
「ちょっと、ランス!そんなんでいいのっ!?失敗したらどうすんのよ!」
「いい。失敗したらきくちゃんとてるさんは後でおしおきだ。まあ成功したらごほうびだがな、がはは。マジック、お前はもしきくちゃんが失敗したら敵の主力に白色破壊光線をぶっ放すのがお前の仕事だ」
「もうっ、なによそれ!…せいぜいしくじってみんなあたしの白色破壊光線に巻き込まれないようにね、ふんっ!」
「おお恐い恐い。どうせ貴様の出番は無いだろうがな」
だんだんと床を踏み鳴らしながら退席するマジックにてるが捨て台詞をぶつけたところで、全体軍議はお開きとなった。
小さな口を真一文字に結び、細い腕を慎ましやかな胸の下で組みながら瞑目している。
「うぉーい」
額にはかすかに玉の汗。端正な眉根は目尻に向かって細く切れ上がる。
「てるさんよぉー」
鎖骨の辺りを揺れる水面に、立ち上る白い靄。
てるは、入浴の最中だった。
「なぁー、ったら・・・・・・・・・・・・ちっ」
湯船の中で、ランスの足の間に背後から抱えられながら。
毛利てるは、すこぶる不機嫌だった。
話は――――『禍根』は、先月まで遡る。
魔軍との防衛戦だった。
この日は前衛――――とりわけ謙信の活躍目覚しく先制の一撃で織田家を大いに優位に導き最終的には敵将三体を討ち取るなど、実力通りとは言え謙信殊勲の日であった。
上杉家の意気はもちろん上がる一方、謙信、ことに愛の喜びは一通りでない。
これにはある習慣―――――各々の戦の殊勲者が女武将の場合はその晩(多くは褒美と称して)ランスに呼ばれるという、不文律とも言える決まりがあった為だ。
それを積極的には望まない者も大抵呼ばれたが、近年言われるようにランスが丸くなった為なのか十分満たされていた為か、嫌がる者は基本的に無理強いされなかった。が、ランスを憎からず想っている者にとっては文字通り褒美という呼び方も当たらずとも遠からずと言える時間だったのだ。
直江愛としては好色なランスが当然今夜は謙信を呼ぶ事に一点の疑いも持たず、上機嫌で一番風呂を上がった謙信の髪を夜や遅しと梳いていた。
強いて言うならば、流石の愛にもこの時間に油断があった。
もし平時の愛ならば、廊下を女性らしからぬ音を立てて通り過ぎる人物に気づいたかもしれない。
結果から言ってこの晩、直江愛は出し抜かれることになる。
何も知らない主従は夕餉もとっくに済ませて、待てど暮らせどもランスもその使いも(大抵はランス本人が待ちきれずに攫いに来るが)来ない。
何かあったのだろうか、と心配する謙信をランスの部屋へ見に行かせると、ほどなくして困ったような顔をして謙信が戻ってきた。
ランスは居たのかと聞いても謙信は言葉を濁して要を得ない。暫く問答して、埒があかないと判断した愛はランスの部屋へ自身が見に行こうとしたところで漸く謙信が白状した。
既に女性と居る(具体的には言わなかったが要はヤッている)、その女性はおそらくは千姫だと。
愛は激怒した。激怒と同時に後悔した。
千姫の乱行(?)はこれが初めてでない。彼女はその性癖から、表情からは察し難いが戦の後はかなり興奮していることがあり、戦の勢いそのままに激しくランスを求めることがあるからだ。千姫がランスに好意を抱いて以降、その戦いのMVPたる者と競合する事が無かったのはひとえに彼女が敗戦処理や防衛・撤退戦を好む傾向があったことによる。
彼女はあまりというか、かなり物事に頓着せず誰遠慮なく奔放に行動する。
千姫は謙信を嫌うどころではなく言葉も少なくむしろ変わり者と言える彼女の数少ない友人であったが、油揚げを掻っ攫うような行いをしてしまったのは悪意ではなくそこに思い至らなかった為だ。
もし謙信が行為の最中に踏み込んで来て本日の殊勲者たる権利を主張したならば、それはすまない事をした、と言って譲ったのかもしれないが勿論謙信にそういった事が出来るはずも無い。
むしろ、千殿ならば(友人であるし美人だし)止むを得まい、位に思っていた。
千姫と謙信の親交を知らぬ愛ではないが、流石に腹に据えかねた怒りは翌日のランスへの説教で爆発させ、収まりきらない分は今晩は必ず呼ぶと約束させた謙信を完全美装で送り出し、翌朝(というか昼)帰ってきた謙信の照れた笑顔を見たことでようやく昇華された。
この件はこれで落ち着いたが、今月の初め。
全く同じ事が起きてしまった。
この日は野戦だった。
高台から、後衛の五十六が開戦いきなり疾風点破で魔戦将軍を仕留める神業を見せ、前衛同士の接触を待たず混乱し崩壊していく魔軍の掃討戦へと状況を一変させた。
魔軍が魔法部隊を持たない一団だった為、長距離攻撃が届きやすい高台に陣取って引き付けるまでに後衛部隊で勢力を殺いで行く作戦だったが、ランスから『チャンスがあったら狙え』と指示されていたのを見事に果たしたのだ。
開戦直後に決着をつけた五十六の功績は疑いなく、今宵ランスの腕を枕に眠るのは一途に慕う彼女のはずであった。
しかし。
千姫の行動は余人には読み難い。先の謙信と、全く同じ事が起こってしまったのだ。
戦場ではともかく、平素においては五十六も謙信と同じく大人しい。あまり表情に出さないようにしながらも落胆してすごすごと部屋へ帰ろうとしたが、今度はこれに怒りを露わにしたのが雪姫だった。
本来雪姫と五十六は競合する間柄であるが、雪姫は五十六に好意的だった。
戦国のJAPANにおいて大大名の閨房がどのようなものであるか雪姫は理解していたし出身地が比較的近いと言う事もあったが、雪姫はランスを例外として基本的に誠実で温和な人物を好んだ。
そういう意味で五十六や風華、異国の者でもリズナなどとは親交が深く、また名取を姉のように慕いのぞみを妹のように可愛がっていたが、逆に言動があまり(JAPAN的な概念でいう)女性的でない毛利一族や竜馬、千姫、マジック等は苦手だったし、ウルザや愛のような理知的なタイプも今ひとつ得意ではなかった。
五十六大手柄の知らせに雪姫はいたく喜び、かねてから用意していた名産の友禅の晴れ着をお祝いに持参し、あまつさえランスの性格を考え薄襦袢までも用意し五十六を赤面させていたものだ。
それがあろうことか、晴れ着(遠慮するのを強引に着せた)のまますごすごとランスの部屋の方から帰って来る五十六に愕然とした。
初めは自分の着せた着物が不興を買ったのかと思い青くなったが、五十六に事情を聞いて絶句した。
雪姫は親に似ず結構な激情家だ。
翌朝(というか昼)、千姫が既に去った後ランスが自室を出ようとしたときに初め見たものは、口を真一文字に結んで廊下に正座する雪姫だった。
なんだこんな昼間から抱かれに来たのか、と軽口をかけると違いますとつっけんどんに答える。
ほっといて歩き出すとついて来る。
なんなんだ、と聞いてもご自分の胸にお聞き下さいませ、とにべもない。
埒があかないのでさせるがままにしていたら厠以外どこへでもついて来るし、美女とは言えじっと睨まれては鬱陶しい事この上ない。
自室に戻れば障子の外の廊下に正座して、聞けば寝てない上に朝昼共に食べておらず言わばハンスト状態だという。
さすがのランスもこれには辟易した。
しかしこんなときに使える鈴女は今日は不在だ。おやじの義景に聞いても知らん、好きにさせているとしか答えない。
知恵の回りそうな愛に聞いてみるとあぁ、と頷き、分かるような気がしますが私が口を出す事ではありませんので、と煙にまかれた。
結果から言って、ここに名取が居た事がランスにとって幸いだった。比較的地元が近く、ここでは年長組になる彼女なら何か分かるかも知れないと聞いてみた。
すると彼女はうーんと首をかしげ、おそらくはこうすればよいと思います、と取るべき行動をランスに示した。
ただ、何故そんなことでいいんだ?と問うのにはそれは御自分で考えなくてはいけません、と嫣然と微笑を浮かべるのみだった。
さて、若干釈然としないながらも他に策のあてが無いランスは名取の言うとおりにしてみた。
事前に五十六に昨日の(着ていた事もランスは知らないが)着物を着て部屋まで来るよう指示し、縁側に座る雪姫の前で五十六に相対した。
「あ、あー。五十六、その着物・・・・・・・・・むむ。実際よく似合うじゃないか、可愛いぞ五十六。大変グッドだ、さあ来いがはははは!」
五十六の艶姿に名取の案を実行したことも忘れ、はにかむ彼女の肩を抱いて自室へずかずかと入っていくランスを見て、漸く雪姫はにこりと笑みを浮かべてふらふらと自室へと戻って行った。
謙信のときは愛にさんざん説教されたがそんなことはすっかり忘れていたランスは、この時はついに最後まで雪姫が怒っていた理由も機嫌が直った訳も分からずじまいだった。
そして、今日の山岳戦。
この地方の地理に明るい事もあって毛利三姉妹が起用され、それにランス、加えて前衛に千姫、後衛にマジックの陣容が愛から提案された。
前衛は足軽を厚く配置しちぬも加えてマジックの白色破壊光線詠唱までの時間を稼ぎ、攻撃力の高いランスと機動力のあるきくでとどめを刺すというのが愛の戦術案だ。
しかし、それに異を唱えたのがてるだ。
「今回の戦に魔法部隊など必要ない。我等とランスのみで叩き潰してくれるわ」
軍議の場で、自信満々に言い放った。
真っ向から反対したのは勿論マジックだ。
ランスも出陣するこの戦は当然自分が主役で大活躍のはずで、ランスに褒められて夜はどうしてもって呼ばれるなら流行の香水もゼスから届いたし優しくしてくれるなら行ってあげなくもなくってえへへ、と思っていたのが御破算になりかねないのだ。
「貴方達だけで倒せるわけないでしょう、いくらランスが強くったってね。今回の作戦はさっき直江さんが説明したように皆で私の魔法をサポートする作戦なのよ」
「それが拙いと言うのだ。あの魔法をこんな山の中でぶっ放しても当たるかどうか判りはせん。それよりも我等に任せたほうが余程確実だというのだ」
「・・・・・・私の魔法が役に立たないって言うわけ?」
「そう聞こえたか?」
(・・・・・・・・・マズったかしら)
一触即発のてるとマジックのやり取りを眺めて、愛は僅かに顔を顰めた。
確かにてるの言い分には一理ある。言われてみればこの地理条件では白色破壊光線は下手をすると敵主力に当たらず効果が薄くなってしまう可能性はある。前衛は足軽中心なので自軍の壊滅は無いだろうがうっかり外すと勝ちきれないおそれがあるだろう。
破壊力の大きさでマジック起用を提案したが、若干ギャンブル性をはらんでいるかもしれない。
「――――という事ですが。どうですか、ランス」
どちらの意見を支持しても角が立つし、最善と思って出した案も問題点は否定できない。ならばここはランスに下駄を預けてみよう。
「…ふーん。てるさん、なんか具体的に策はあるのかよ」
「無論だ。きくに親玉を急襲させる」
「へっ!?あ、あたしかよ!?」
人事のように頭の後ろで腕を組んで軍議に参加していたきくが、
文字通り鳩が豆鉄砲食ったような顔をする。
「魔戦将軍さえ始末してしまえば残りは烏合の衆よ。我らとランスで存分に蹴散らそうぞ」
他人事のように聞いてたきくが慌てるのを無視して、てるはにやりと笑った。
ちぬも大技を持っているが準備が長く、これよりはマジックの白色破壊光線が先に決まってしまう。一気にケリをつけるなら、確かにこれしかないだろう。
「……そうか。どうだ、きくちゃん?」
「ど、どうだって何だよ?」
「出来るのかってことだ」
きくはしばらく中空に視線をさまよわせた後、ランスとてるを見比べながら答えた。
「…………出来る、と思う。ここは、うちの庭だからな」
ランスと出会う以前の粗暴な口振りとはうって変わって、おずおずとではあるが言い切った。
「そうか、じゃあ採用だ。前衛で陽動、きくちゃんが仕留めたら俺様が雑魚どもを掃討だ、がはははは!」
「…ということですので。皆様そのように御準備を」
「ちょっと、ランス!そんなんでいいのっ!?失敗したらどうすんのよ!」
「いい。失敗したらきくちゃんとてるさんは後でおしおきだ。まあ成功したらごほうびだがな、がはは。マジック、お前はもしきくちゃんが失敗したら敵の主力に白色破壊光線をぶっ放すのがお前の仕事だ」
「もうっ、なによそれ!…せいぜいしくじってみんなあたしの白色破壊光線に巻き込まれないようにね、ふんっ!」
「おお恐い恐い。どうせ貴様の出番は無いだろうがな」
だんだんと床を踏み鳴らしながら退席するマジックにてるが捨て台詞をぶつけたところで、全体軍議はお開きとなった。