思いのたけを、全力で肘へ03
- 2008/03/29
- 23:36
「………あ、美坂ですけれど…あ、はい、こんにちは。今お電話大丈夫ですか?……はい、あのですね今天野さんとお茶してるんですけど、宜しかったら先輩も如何かなって思いまして。……ええ、百花屋です、是非。……はい、それでは失礼します」
にこやかにお電話を済ませて美坂先輩がパタンと携帯を閉じる。
人ってどうして電話で顔が見えなくても表情を出したり頭を下げたりするんだろう、と
つまらない事を考えた。
「倉田先輩ですね?」
判っていても確認してしまう。
「そうよ。近所にいらしてたから、すぐ来られるわ」
ただこの後お買い物らしくてあまりゆっくり出来ないらしいけどね、と言いながら美坂先輩がシフォンにフォークを伸ばすのを見て、私もタルトをつつくことにした。
「あ、倉田先輩。こっちです」
手を振る美坂先輩を見て、ひまわりのような笑顔でこちらへ向かってくる倉田先輩。
美坂先輩がお時間大丈夫ですか、と問うのへお買い物まではまだ時間ありますからー、と席に着く。
つい、なんとなく聞いてみた。
「何買われるんですか?」
「インナーですよー。またサイズが変わってしまったので、お金かかって困っちゃいますねー」
あははー、と答えてその豊かな胸をたゆゆんと弾ませながらカーディガンを脱がれた。
不用意な質問を激しく後悔した。
美坂先輩の笑顔が凍っていた。すみません美坂先輩、でも貴女も充分嫉妬の対象ですが。
倉田先輩がいらしたのでもう一度同じ説明をしたが、これはちょっとした羞恥プレイだ。劇の本番をもう一度やり直すような感じ。
美坂先輩も倉田先輩も、相沢さんとは違うので笑ったりはしないが。
「なるほど解かりました」
倉田先輩はにっこり笑ってぽん、と可愛らしく両手を打ち鳴らした。
何でこの人はこういう可愛いしぐさがこんなに似合うのだろう。
「というわけで美汐ちゃんは祐一さんの事を諦めると」
「そうは言ってません」
とりあえず間髪入れず否定はしておいた。
「それが答えですよ」
穏やかな笑顔。
隣で美坂先輩は何も言わずにコーヒーに口をつけている。
「…だからと言って割り切れているわけでもないのです」
美汐ちゃんは優しいんですね、と言われたが本当にそうなら真琴の為にもとっくに諦めているだろう。
「普通の恋心で、何が悪いのですか?」
「え………」
悪い、に決まっている。
だって、そんなもので命懸けの彼女達と対峙して、彼女達の大切な唯一を奪うべく戦場に赴こうというのだ。それは、あまりにも。
「失礼なんかではありませんよ?」
表情で口ほどにもものを言っていたらしい。倉田先輩はゆっくりとカップを傾け、ほのかにオレンジペコの香りが漂う。
「好きだから、好かれたい。もっと何かしてあげたい。想いを伝えたい。
そう思い、行動する事の何が悪いのでしょうか」
「…………………」
「良いんですよ。人と比べる事はありません。自分が『想っている』ほどに、相手に想いをぶつければ。それが、私達が出来る全てでしかないのですから」
「………はい…」
分かっていたけど、この人は強い。
「それに。もし、美汐ちゃんに祐一さんが奪われたからといって名雪さん達は死んだりしません。そんなに彼女達は弱くはありませんよ。ね、美坂さん」
「……そうね」
目を閉じて薄く微笑みながら美坂先輩が答える。
今の問いは、二人の間で『彼女達は』ではなく『栞さんは』と置き換えていたのだろう。
「そんな心配よりも、強烈な想いを持つ彼女達を押しのけて、どうやったら祐一さんの心を射止められるかを考えていた方が建設的ですよ?」
「…はい」
なんだ。
そうか、私は。
他人の口から言って欲しかっただけなんだ。
あらためて、他人に言ってもらえて強く思える事がある。今日はそんな典型だ。
自信を失いかけてただけ。
(正直、正面と隣の二人には敵わないかもしれないが)知性、理性にかけては人後に落ちないと自負している私も、どこにでも居る心の弱いただの女だったのだ。
そうだ、今更迷うまい。
心の雲を旭日が照らし、光の筋をつけていく。
もし、私が真琴から彼を奪ってしまっても。
私と真琴は親友。間違いない。
そんな確信が持てて。つい、うっかり、訊いてしまった。
「美坂先輩は。栞さんから相沢さんを奪ってしまってもいいんですね?」
「そうね。…ただ、栞も名雪も『私達付き合い始めました』ってくらいじゃ諦めてくれそうも無いから先が思いやられるけどね」
困ったように微笑って肩をすくめる。栞さん名雪さんならさもありなん。
ああ、もう私は悩んではいない。自分の中で答えの出ている、ただこの問答を楽しんでいる。
「では逆に、もし栞さんが相沢さんの心を射止めたならば美坂先輩は姉として祝福されますか?」
「それは貴女が私の立場だったらどうするかを考えれば解るでしょう?」
うわ出た、あの笑顔。
―――――もし真琴が相沢さんと結ばれたなら。引きちぎって奪い返すのも忍びない、うまいこと共有する手段を考える。
ってつまりそういうことか。自分の口からハッキリ言わないあたりが美坂先輩らしい。
それがほんの僅かに面白くなく。倉田先輩に少しだけ、意地悪の爪を立てようとした。
「――――倉田先輩も、川澄先輩から奪ってしまう覚悟があるんですよね?」
「ふぇ?佐祐理は舞から祐一さんを奪ったりしませんよ?」
きょとんとしている倉田先輩。こんな表情まで可愛らしいこの先輩は一体何で出来ているのか一度問い詰めたいがそうじゃなくって。
「あの先程までとお話が違う気が」
「あれ?佐祐理何か変な事言いましたか?」
ちょっと落ち着こう。今まで絶対間違いないと、敵確定と思ってたけど、
「失礼ですが、倉田先輩は実は相沢さんの事は恋愛対象では無い…のですか?」
「いえ、ばりばり超ド本命の恋愛大賞ですよ」
はいはいそうですよね一瞬甘い事考えましたがやっぱそーですよねー。
…いけない、誤字まで正しく見えてきた。
つまり、アレか。前からそうじゃないかとは思っていたけど、
「倉田先輩は、川澄先輩と相沢さんを共有するおつもりなんです…ね?」
「あはは、ちょっと違いますけれど大体そういうことですねー」
「では正しく仰ると」
「祐一さんと舞と佐祐理の三人で幸せになるということですね」
この人本気だ。笑顔だけどぞっとするほど目がマジだ。
「気の早い話かもしれませんが、日本の法律では重婚は認められていませんが…」
「現行法ではそうですね。」
本能がしてしまった抵抗に、朗らかに頷く倉田先輩。
「でも、佐祐理も今から頑張っていますから」
「頑張る、って…」
今から、何を。
「法案も順調に来てたんですけど、別のグループが別案を出してきててちょっと
暗礁に乗り上げてるんですよー」
法案って何ですか。と聞こうと思ったら美坂先輩に遮られた。
「もう一つのグループの別案って………その―――どんな、ですか?」
「重婚も認める代わりに二親等の婚姻も認めましょう、という案なんですよ」
え。
「まあ佐祐理達には関わりの無い事なんですけど、なぜか舞が震えながら
『それは絶対ダメ、私が祐一のお嫁さんになれなくてもいいからそれだけはダメ』って泣くんですよー?訳を聞いてもダメの一点張りで…それでそのグループのトップの方とは一度お話の機会を持ちたいと思ってるんですが正体が判らないんですよねー。どうやら女性の方らしいんですがもうすぐ苗字がわか」
「失礼しました結構です」
…理由の無い震えに背筋を貫かれた。心が何故かオレンジ色に侵食されていく。
隣の美坂先輩が蒼白な顔色でテーブルの下で私の手首をぎゅっと握る。
これ以上この話を続けるな、としか受け取れなかった。。
「ところで倉田先輩、お時間の方は大丈夫ですか」
なんとか喉の奥から声を絞り出す。
「あ、もうこんな時間ですね。では佐祐理はこれでお暇しますね」
緊張が解けた私達は、自分のお茶代を置いて席を立つ倉田先輩をぼーっと見ていた。
そんな私達の視線を感じたのか、テーブルの去り際に彼女は振り返ってにこやかにこうのたまった。
「『そんな心配よりも、強烈な想いを持つ彼女達を押しのけて、どうやったら祐一さんの心を射止められるかを考えていた方が建設的ですよ?』」
にこやかにお電話を済ませて美坂先輩がパタンと携帯を閉じる。
人ってどうして電話で顔が見えなくても表情を出したり頭を下げたりするんだろう、と
つまらない事を考えた。
「倉田先輩ですね?」
判っていても確認してしまう。
「そうよ。近所にいらしてたから、すぐ来られるわ」
ただこの後お買い物らしくてあまりゆっくり出来ないらしいけどね、と言いながら美坂先輩がシフォンにフォークを伸ばすのを見て、私もタルトをつつくことにした。
「あ、倉田先輩。こっちです」
手を振る美坂先輩を見て、ひまわりのような笑顔でこちらへ向かってくる倉田先輩。
美坂先輩がお時間大丈夫ですか、と問うのへお買い物まではまだ時間ありますからー、と席に着く。
つい、なんとなく聞いてみた。
「何買われるんですか?」
「インナーですよー。またサイズが変わってしまったので、お金かかって困っちゃいますねー」
あははー、と答えてその豊かな胸をたゆゆんと弾ませながらカーディガンを脱がれた。
不用意な質問を激しく後悔した。
美坂先輩の笑顔が凍っていた。すみません美坂先輩、でも貴女も充分嫉妬の対象ですが。
倉田先輩がいらしたのでもう一度同じ説明をしたが、これはちょっとした羞恥プレイだ。劇の本番をもう一度やり直すような感じ。
美坂先輩も倉田先輩も、相沢さんとは違うので笑ったりはしないが。
「なるほど解かりました」
倉田先輩はにっこり笑ってぽん、と可愛らしく両手を打ち鳴らした。
何でこの人はこういう可愛いしぐさがこんなに似合うのだろう。
「というわけで美汐ちゃんは祐一さんの事を諦めると」
「そうは言ってません」
とりあえず間髪入れず否定はしておいた。
「それが答えですよ」
穏やかな笑顔。
隣で美坂先輩は何も言わずにコーヒーに口をつけている。
「…だからと言って割り切れているわけでもないのです」
美汐ちゃんは優しいんですね、と言われたが本当にそうなら真琴の為にもとっくに諦めているだろう。
「普通の恋心で、何が悪いのですか?」
「え………」
悪い、に決まっている。
だって、そんなもので命懸けの彼女達と対峙して、彼女達の大切な唯一を奪うべく戦場に赴こうというのだ。それは、あまりにも。
「失礼なんかではありませんよ?」
表情で口ほどにもものを言っていたらしい。倉田先輩はゆっくりとカップを傾け、ほのかにオレンジペコの香りが漂う。
「好きだから、好かれたい。もっと何かしてあげたい。想いを伝えたい。
そう思い、行動する事の何が悪いのでしょうか」
「…………………」
「良いんですよ。人と比べる事はありません。自分が『想っている』ほどに、相手に想いをぶつければ。それが、私達が出来る全てでしかないのですから」
「………はい…」
分かっていたけど、この人は強い。
「それに。もし、美汐ちゃんに祐一さんが奪われたからといって名雪さん達は死んだりしません。そんなに彼女達は弱くはありませんよ。ね、美坂さん」
「……そうね」
目を閉じて薄く微笑みながら美坂先輩が答える。
今の問いは、二人の間で『彼女達は』ではなく『栞さんは』と置き換えていたのだろう。
「そんな心配よりも、強烈な想いを持つ彼女達を押しのけて、どうやったら祐一さんの心を射止められるかを考えていた方が建設的ですよ?」
「…はい」
なんだ。
そうか、私は。
他人の口から言って欲しかっただけなんだ。
あらためて、他人に言ってもらえて強く思える事がある。今日はそんな典型だ。
自信を失いかけてただけ。
(正直、正面と隣の二人には敵わないかもしれないが)知性、理性にかけては人後に落ちないと自負している私も、どこにでも居る心の弱いただの女だったのだ。
そうだ、今更迷うまい。
心の雲を旭日が照らし、光の筋をつけていく。
もし、私が真琴から彼を奪ってしまっても。
私と真琴は親友。間違いない。
そんな確信が持てて。つい、うっかり、訊いてしまった。
「美坂先輩は。栞さんから相沢さんを奪ってしまってもいいんですね?」
「そうね。…ただ、栞も名雪も『私達付き合い始めました』ってくらいじゃ諦めてくれそうも無いから先が思いやられるけどね」
困ったように微笑って肩をすくめる。栞さん名雪さんならさもありなん。
ああ、もう私は悩んではいない。自分の中で答えの出ている、ただこの問答を楽しんでいる。
「では逆に、もし栞さんが相沢さんの心を射止めたならば美坂先輩は姉として祝福されますか?」
「それは貴女が私の立場だったらどうするかを考えれば解るでしょう?」
うわ出た、あの笑顔。
―――――もし真琴が相沢さんと結ばれたなら。引きちぎって奪い返すのも忍びない、うまいこと共有する手段を考える。
ってつまりそういうことか。自分の口からハッキリ言わないあたりが美坂先輩らしい。
それがほんの僅かに面白くなく。倉田先輩に少しだけ、意地悪の爪を立てようとした。
「――――倉田先輩も、川澄先輩から奪ってしまう覚悟があるんですよね?」
「ふぇ?佐祐理は舞から祐一さんを奪ったりしませんよ?」
きょとんとしている倉田先輩。こんな表情まで可愛らしいこの先輩は一体何で出来ているのか一度問い詰めたいがそうじゃなくって。
「あの先程までとお話が違う気が」
「あれ?佐祐理何か変な事言いましたか?」
ちょっと落ち着こう。今まで絶対間違いないと、敵確定と思ってたけど、
「失礼ですが、倉田先輩は実は相沢さんの事は恋愛対象では無い…のですか?」
「いえ、ばりばり超ド本命の恋愛大賞ですよ」
はいはいそうですよね一瞬甘い事考えましたがやっぱそーですよねー。
…いけない、誤字まで正しく見えてきた。
つまり、アレか。前からそうじゃないかとは思っていたけど、
「倉田先輩は、川澄先輩と相沢さんを共有するおつもりなんです…ね?」
「あはは、ちょっと違いますけれど大体そういうことですねー」
「では正しく仰ると」
「祐一さんと舞と佐祐理の三人で幸せになるということですね」
この人本気だ。笑顔だけどぞっとするほど目がマジだ。
「気の早い話かもしれませんが、日本の法律では重婚は認められていませんが…」
「現行法ではそうですね。」
本能がしてしまった抵抗に、朗らかに頷く倉田先輩。
「でも、佐祐理も今から頑張っていますから」
「頑張る、って…」
今から、何を。
「法案も順調に来てたんですけど、別のグループが別案を出してきててちょっと
暗礁に乗り上げてるんですよー」
法案って何ですか。と聞こうと思ったら美坂先輩に遮られた。
「もう一つのグループの別案って………その―――どんな、ですか?」
「重婚も認める代わりに二親等の婚姻も認めましょう、という案なんですよ」
え。
「まあ佐祐理達には関わりの無い事なんですけど、なぜか舞が震えながら
『それは絶対ダメ、私が祐一のお嫁さんになれなくてもいいからそれだけはダメ』って泣くんですよー?訳を聞いてもダメの一点張りで…それでそのグループのトップの方とは一度お話の機会を持ちたいと思ってるんですが正体が判らないんですよねー。どうやら女性の方らしいんですがもうすぐ苗字がわか」
「失礼しました結構です」
…理由の無い震えに背筋を貫かれた。心が何故かオレンジ色に侵食されていく。
隣の美坂先輩が蒼白な顔色でテーブルの下で私の手首をぎゅっと握る。
これ以上この話を続けるな、としか受け取れなかった。。
「ところで倉田先輩、お時間の方は大丈夫ですか」
なんとか喉の奥から声を絞り出す。
「あ、もうこんな時間ですね。では佐祐理はこれでお暇しますね」
緊張が解けた私達は、自分のお茶代を置いて席を立つ倉田先輩をぼーっと見ていた。
そんな私達の視線を感じたのか、テーブルの去り際に彼女は振り返ってにこやかにこうのたまった。
「『そんな心配よりも、強烈な想いを持つ彼女達を押しのけて、どうやったら祐一さんの心を射止められるかを考えていた方が建設的ですよ?』」