傾き始めた西日の差すこの部屋には、学生の作ゆえに拙いながらも様々な美術品が静かに佇んでいる。
私たち以外には。
「その辺の椅子にかけてくれ」
後ろの衛宮に声をかけて、私は静かにイーゼルに掛けられた布を外してたたむ。
―――――あの瞬間だけは頭が沸騰していた。していたとしか思えない。
彼女が、衛宮を呼び止めた瞬間。
余人なら、普段の彼女と見分けがつかないだろうがあの瞳は、絶対に乙女らしきなにかを企んでいた瞳だ。
衛宮は、余程の事が無い限り約束を違えぬ性格だということは把握していたつもりだ。
それでも。
それでも、衛宮が彼女の元へ行ってしまう事が私は怖かった。
ほんのくだらない、ちょっとしたモデルの時間と、ただ頼まれて棚を直すだけの時間が入れ替わってしまうことが。
その後は殆ど反射だった、思案の結論から来る行動ではない。
立ち方から喋り方、視線のくれ方一つまで、いちいちあえて彼女の癇に障るように行動していた。
彼女は善良な割りに人情の機微に疎いタイプだが、それでもさっきのあれで互いの立ち位置は理解しただろう。
本来、私は彼女と『特定の事由』において敵対関係にあることを悟らせる事は得策でないと思い、私の事は知られぬように、彼女の事を知っていることも知られぬようにしていくつもりだったが、致し方ない。
それに彼女に不必要に敵意をぶつけてしまった事も心が痛む。
「―――――悪い事をしてしまったな」
「・・・?いや、しょうがないだろ」
「・・・・・・今日はこちらが先約なのだからなあ?」
「うん」
「・・・・・・・・・」
さすがにこれは禁じ得ない。
どこからどう見ても『しょうがない』と思ってるとしか見えない衛宮の表情に、溜息が抑えきれない。
つまり此奴は、さっきのは修羅場でもなんでもなく、単に先約の為に後者の依頼を断ったとしか思ってないわけだ。
まあ大概に女心の分からぬ男と思っていたが、この鈍感ぶりは致命的だ。
下手をすると泥酔を装う女に介抱してくれとホテルに連れ込まれても、剥かれて圧し掛かられるまで自分が罠に掛かった事に気づかないのではあるまいか。衛宮には今後常識と云うものを叩き込んでおかねばなるまい。
…いや、前向きに考えよう。
ある意味、いくらでも私の色に染められるとも言えるではないか。
気を取り直せ。
「・・・えっと。どうすればいい、かな。座ってればいいか?」
「ああ、楽にしてもらって構わん。座っている必要も実は無いんだ、私の視界に居てさえくれればいい」
欲を言えば描き手としては対象が自然な姿であって欲しいんだが、モデルなど初めての衛宮には難しい注文だろう。
「それに、モデル等と言う事は忘れて好きな事を考えていてもらって構わん。だるそうに、退屈にしている姿でもOKだ」
「そ、そうなのか?」
「うむ」
ようやく、衛宮から少し肩の力が抜けたようだ。
「・・・・・・じゃあ、色んな事考えててもいいか?」
「全く」
ほんの僅かに思案顔で衛宮は大きく伸びをしたあと、両手を膝の上に置いた。