『ウジウジしている』という批判は受け入れよう。
いまだに行動を起こさずにいたことは否定しない。
しかし、じゃあと言って押しの一手という気にもなれなかったのも事実。
これがあたしとあいつの、今までの友人という状況を踏まえた距離なのだ。
じゃ、全く関心ないかというとそういう事でもないわけで。
――――――そういえば今日、部室の片付け――――戸締り当番だったな。
――――――あと、藤村先生が用具棚の修理を衛宮に依頼するように言ってたっけ。
これくらいの状況は揃えて、かつ、そんな雰囲気になったら。
まあなんか、ちょっとしたお願いくらいしてもそんなおかしくないんじゃない?
その現場(とある事を衛宮に依頼している時点を含む)を他の奴に見られると面倒だが、衛宮自身は、断る事もあるかもしれないが!少なくともあたしをイタい女だとか笑い者にするような奴じゃない。
ついでに衛宮は誰かの手伝いをしてない日は基本帰宅部で、昨日生徒会備品の修理が終わったばっかりで他の部の依頼は受けていないはず。つまりかなりの確率で衛宮はヒマだ。
そんな事情で今日はあたしにとっては結構都合の良い日で、HRも終わって帰り際の衛宮を捕まえてこのように依頼しても不思議じゃなかった訳だ。
「あ、衛宮ちょい待ち」
「ん?なんだ」
「あのさぁ、弓道場の用具棚が壊れちゃってさ。悪いんだけど修理してくんない?材料と工具は用意してあるからちょいちょいっと古いの外して新しいの付けて欲しいんだけど」
「あー・・・あの棚か。確かに俺が居た頃からもうやばかったもんな。ってあれ、ちょいちょいって言うには結構ゴツイ棚じゃなかったか?」
「つっても宮大工の衛宮にかかればちょちょいだろ?」
うそ、アレは簡単じゃないの知ってる。
あたしが鍵当番で最後に帰る頃までに多分終わらないだろう、くらいには。
「誰が宮大工だ。まあ、直すのは別にいいんだけど・・・」
「あっそう?じゃとりあえず材料取りに行こうぜ。体育館のさ、」
「あ、いや・・・」
第一関門をクリアしてほんの少しあたしは浮かれて居たのかも知れない。
衛宮が微妙に困った顔をしていて、その理由があたしの背後にあった事にまるで気がつかないくらいには。
「それは後日に願いたいな」
静かに通る声は、あたしの脇を抜けて衛宮の傍らで正対した。
「大変申し訳ないが、今日は衛宮にはモデルになってもらう約束をしているのでな」
「・・・・・・モデル?」
「うむ。私は美術部で人物画を描いているんだが、そのモデルを衛宮に依頼したのだ。報酬も払ってな」
・・・なに、この立ち方。
「・・・・・・・・・あ、そーなんだ」
「ああ、うん。修繕はやるから、また日を改めて」
心もち済まなさげにする衛宮を見ながら、感じる強い『違和感』。
「ん?しかし珍しいね、衛宮がバイト代貰うなんて」
「あ、いや、金って訳じゃないけど」
無意識の内に、『それ』に近づいていく。
衛宮が誰かの為に何かしたときに礼を受け取るというのも普通でないが、そこじゃない何かがひっかかる。
「なに、弁当を馳走する程度だ。なあ衛宮」
「ああ、うん」
「・・・・・・へえ」
――――――おお?衛宮と氷室ってそういう仲だったの?
――――――おっラブラブだねー!?
そんな、学生的に当たり前なからかい文句が喉の奥からなぜか出てこない。
『んなんじゃないよ』と否定するはず、なのに。
本能が、口にしてはいけないと押しとどめてる。
・・・・・・まるでそれはあたしが、――――を知っているかのように。
「じゃ、又今度直してよ」
「わかった、えっと――――」
衛宮が日にちを考えるように時計を振り仰ぐと、流れるように氷室が割って入った。
「週内はこちらに付き合ってもらうので、そのあとだな。来週月曜は衛宮は何か用事があるか?」
「ん、いや、構わないけど」
「だ、そうだ。美綴嬢」
「ああじゃあそこで宜しく」
自分が驚くほどの、なげやりで平坦な声。
「では行こうか、衛宮。と言っても隣だが」
「ああ、じゃ」
「ん。じゃ」
軽く手を上げる衛宮に手を上げ返して、二人に背を向けて歩き出す。
歩みが早いのは、早く帰りたいから。
なにがおかしい?
何がおかしかった?
それなりに楽しい、若干のわくわく感を否定出来ない状態で席を立ったのに、
僅か数分後には全くそれが消え失せた。
それに、氷室のあの立ち方。
あの話し方。
なんだ、あれ。まるで、『何か』。
衛宮の脇に立ったときの、氷室のあの表情。
数少ないあたしの知っている氷室の表情のどれとも違った。
あれはなんて言うんだろう。ドラマとかで見たような気が。
何て言うんだっけ、ああいうの。
・・・あ。
――――――『彼女面』、だったかもしれない。
そんなのは、思いつきもしなかったのに。
遠坂とか、間桐ならまだ想像が出来なくもなかったのに。
それなら氷室も人が悪いぜ?
全然予想外の方角からカウンター食らって、あたしの甘い期待はあっさり刈られたらしくて。
そのまま、夕日に溶けるのかな。
甘いもんだけに。
下駄箱から、端の方だけ滲んだ空を見上げて思った。