恋愛考察8

「あのさ。メガネ取った、氷室が見たい…かな」




「――――ほう？なかなか衛宮にしてはマニアックな事を言うじゃないか」
「そ、そうか？いや、氷室は、そのままでも十分美人だと思うんだけど。眼鏡外した氷室も一度みたいかも、と思って」
「こういうのは本人にとってはあまり違いが分からんのだがな。ふむ、では折角だから目を閉じろ」
「ああ、はい」

メガネをたたんだような、カチャっという小さな金属音。
和んだ雰囲気のままの、彼女の声が聞こえる。


「衛宮、君はいい加減学習すると言う事を覚えた方が良いな。まあ身体で覚えた方が身につくものではあるが」

？なんだっけ、それ。



そう思う間もなく、学習能力の無い俺の唇は柔らかな何かに強く塞がれた。






感触と驚きに思わず目を明けると、眼前には瞳を閉じたまま唇を貪る、見知らぬ白皙の美少女。

首に回されるしなやかな両腕。

氷室しか有り得ないのに、そうだと理解するのが一瞬遅れた。

ややあって、んふ、と小さく鼻を鳴らして眼鏡を外した美少女は唇を離した。両腕はまだ俺の首に巻きつき、少女らしい優しげな瞳が俺を捉える。


「････････････どうだ？」



どう、って。
柔らかい。あったかい。
気持ち良い。すごい。


「･･･折角外して見せたのだから、何らか感想は欲しいところだが？」

うああ。そっちだった。



「･･････可愛い。見惚れた」
「そうか。それは良かった」
ようやくなんとなく見覚えのある笑顔に、現実感が湧いてくる。

「しかし衛宮の愚直ぶりは感心するほどだな。いや、それは実は確信犯なのではないか？」
「･･･いや、そういうわけでは」
純粋に、頭悪いだけです。

『えっ？それバカな振りしてるだけだろ？』とか言われるとバカはちょっと凹むってことを頭いい人には知って欲しいかもしれない。


「しかし」
「？」
「ついでにウエスト回りも手で測られるとは思っていなかったな。これは多少なりとも私の教育の甲斐はあったということか」
「へっ？」

･･･ぅあ。

最中に、知らずほっそりとした氷室の身体を抱き返していた事に気づいて両腕をすすす、と引く。

「なんだつまらんな。粗末なものだが一応は女のそれだ。もう少し上でも下でも測っても構わないが」
「そそそそそそれは又の機会に！」

上って下って！？

「では次回だな」
「･･････」
･･･墓穴掘った。いやむしろ借金こさえた。
俺の危機対応能力ってゼロっていうかマイナス？

「いつだって衛宮の唇は私に狙われているんだ。その自覚が無いというのは与し易いとも言えるが若干さみしいところでもあるのでな」


自身の唇に人差し指を当てて、にこりと微笑む氷室はきっと恋愛強者。
彼我の差はどれほどあるのかさっぱり分からないが、蟻が空を見上げても太陽がどれくらい大きいのか分からないのときっと同じだろう。

眼鏡を戻し、腰に手を当ててきりっとした氷室の笑顔は、可愛くて頼もしくて空恐ろしくて。
黙って頷くしか出来ない俺ってたぶん普通の凡人だろう、と思った。




恋愛考察　了