「・・・・・・・・・・・・もういい。氷室の事は良く分かった。これでもかってくらい」
今なら分かる。『体育座り』って体育用に発明されたんじゃなくて、いじけたい人が発明したはずだ。
「そうむくれるな、ちょっとした悪戯ではないか」
「・・・・・・男の純情を玩ぶのは軽犯罪だ」
「それは悪かった、謝ろう。さて、私の話をしようか」
「・・・・・・・・・おう・・・」
「そうだな、ではまず性格だが・・・ふむ、おそらくは衛宮の想像とそれ程離れてはいないだろうと思う。地味ななりだし性格も地味だ。まあ、いつも近くに爆弾のようなものがいるからなおさらそう見えるだろう――――――」
それから俺達は、結構色々な話をした。
家族の事、三枝・蒔寺の事から陸上部の事、好みの本。髪の色が遺伝らしい事。
無口なイメージがあったが、話し出すと意外に氷室は饒舌だった。
いや、よく考えたら俺と話しているときはいつも割りとよく喋っていたような気がする。
「・・・さて。あとはそうだな、美術部の事くらいか。ふむ・・・これは衛宮にも御足労願いたい」
そう言われて、氷室について美術室――――自分の隣の教室へと歩き出す。
放課後になって人も減った廊下に、二人の足音が静かに響く。
「私は絵を描くのが好きだ。人物画も風景画もだ。まあ工芸も嫌いではないんだが、いかんせん女の力では出来る事も限られるので自分ではあまりやらないな」
「衛宮は工芸はやらないのか?」
軽くこちらを向いた、眼鏡越しの氷室の瞳はかわいいと言うより凛々しい。
「うーん・・・そういえば意識して、やったことはないかもな。実用品が多い。ただ、そういうのでも機能美みたいなのはある、と思う」
「そうか。衛宮は手先が器用なのだから、やれば木工でも金工でもきっと良いものを作るだろう」
独り言のように言いながら、氷室は美術室の扉をがららと引いた。
木のような、溶剤の様な、美術室独特の匂いが広がる。
「・・・さて。最近、凝っている絵はこれだ」
傾きかけた陽でオレンジ色に照らされた、イーゼルに掛けられた布を静かに降ろす。
白いキャンバスに太い鉛筆で描かれた素描。
――――そこには、長身の男性らしい人物。
髪は後方へなびき、胸を張って右腕を振り上げて前方を睨みつける。
野球の投手のように、何かを投擲する寸前の姿。
「・・・・・・・・・これ・・・」
「うむ。衛宮を描いている」
キャンバスの横に立ってこちらを見ている氷室の瞳は、笑顔でありながら真摯な何かを孕んでいる。
「―――――――前に、衛宮の表情が気に入らないと言った事があっただろう」
氷室の言葉に黙って頷く。
「あの対極にある衛宮を描きたい、と私は思ったんだ」
「『対極』?」
「うむ。衛宮の『あの顔』は、ある意味衛宮の本質の一面は表しているのではないかとは思う。しかし、そうでない、その正反対の姿にも衛宮の本質があるのではないか。そんな空想をしたのだ」
――――――対極の、俺?
「その私の空想の『対極の衛宮』を形にしたら、こんな感じになった。
―――――うん、そうだ、いい表現を思いついた。衛宮は、『あの衛宮』のように無表情、無感情ではなくて、衛宮自身が思うよりもずっと情熱的で感情的だと私は思っている。それが、この絵だ。そういう衛宮の方が日頃の穂群原のブラウニーたる姿とも違和感無く、私にとっては非常にしっくりくる。まあ、そうであって欲しいと言う私の願望も入っているかもしれないのだが」
言いながら、氷室の視線がこちらからキャンバスに流れる。
俺は絵の良し悪しは正直あまり分からない。『対極』というのもなんとなくちょっとずれているような気もしないでもない。
でも、自分がモデルとは思えないほどの、この躍動感。
何度も消した跡。
イーゼルに溜まった消しゴム。
・・・この絵を描いてくれた氷室の気持ちを、俺はどれだけこの絵から汲み取れているんだろう?
「えっと・・・ありがとう」
「・・・?何がだ」
「いや、その。こうやって、絵を描くってのはそんなちょこちょこっとじゃ出来ない・・・と思うから、なんていうか、こんな、考えてくれて」
こんな長い時間俺の事なんか考えてくれてありがとう、って事を言いたいのに自分の語彙力のなさにちょっと泣けてくる。
「そうだ。私は衛宮の事ばかり考えている。衛宮が好きで、衛宮をもっと知りたいと思っている女だ」
氷室は、眼を逸らさない。
真っ直ぐにこちらを見つめ、真っ直ぐに思いをぶつけてくれる。
激しい感謝と、それ以外の心の何かが彼女の引力に引き寄せられていく。
「・・・・・・っ・・」
のに、俺の唇はこんなにも重くて。
「・・・しかし、描いていてやっぱりなんとなくいまいちの感がずっと拭えずにいるのだ。そんなに長い時間は取らないので良かったら今度モデルになってくれまいか?」
「・・・・・・ああ、うん」
情けなく固まってしまった俺に、優しく助け舟を出してくれる。
ゴメン氷室。
「―――――さて。とりあえず私についてはこんなところか。これからもどんどん私の事は知ってもらう事になるだろうが、なにかリクエストはあるか?」
「あ、えっと・・・」
アリマセン、というのもちょっと失礼だよな。
なんか簡単な事でなんか無いか。
・・・ああ、そうだこれがいい。