氷室の人となりについてあたしは詳しい訳じゃないが、彼女は信頼をおけるはずというおぼろげな確信はあった。少なくとも3人の中ではぶっちぎり。
蒔寺は論外だし、三枝は誠実でもうっかりがありそうだ。
それに比べ氷室はうっかりも有り得なさそうだし、きっと三枝・蒔寺にさえ他人の秘密はバラさないだろう。どちらかというと知るだけで満足するタイプ、じゃないかと思う。
とは言え、『衛宮にいつでも抱きしめてやるって言われたんだけどさー』とぶっちゃけるほど親しいわけではないので、どうするか――――
「親兄弟のような方ではないのか?その人は。美綴嬢の話し方から、あまり色恋の雰囲気を感じないのでそう思ったのだが」
「ああ――――――ん―――・・・」
恋愛関係と取られてないなら、まあ良いか。
「まあうん、親兄弟みたいなもんかなぁ。そいつとここんとこちょっと気まずくてね」
廊下に視線を落とし、剥げたタイルに爪先を引っ掛けるように軽く床を蹴って歩く。
「先方はどうなのだ?」
「どうなのだ、って」
「美綴嬢の事だ、嫌われている訳ではあるまい?」
「あー・・・。センポーは『いつでもコーイ』って言ってくれてるんだけどねー」
「ほう?・・・・・・・・・『何時でも来い』とは、『いつでも抱きしめてやる』という意味か?」
「えー、んー・・・、あー、まー、そんな感じ?」
「――――――。・・・・・・はてさて、それはどうしたものか」
軽い沈黙の後、氷室が呟いた。
ひょっとしてなんと言ったものか悩んでくれてるのかもしれないが、そろそろ美術室だ。
「まーね?ま、ちょっとあたしが気にし過ぎなだけだと思うんだ?フツーにしてて、なんか気が向いたらそれでもいいかな、というか」
「いや、どうかな」
適当な良く分からない事を言って切り上げようとしたが、氷室の落ち着いた声に遮られた。
「その方が叔父叔母か従兄弟か知らないが、うっかり頼ってしまうと向こうの負担になったり微妙な関係になってしまうこともある。相手方が善人であればあるほどな」
「んー・・・」
氷室の話は本来のあたしの話とは既に結構ずれているが、妙に部分的にそうかもしれないと思わせるものがある。
「時が解決する事もある。簡単に疎遠になる間柄でないなら、様子を見てもいいのかもしれないな」
「あー・・・、そうかもねぇ。なんか、氷室がそういう事言うと説得力あるよね」
「そうか?」
「あるある。あ、本鈴だわ、それじゃ」
いずれ、整理ついたら。
どっちにしろ、彼女には報告してもいいかもしれない。もし機会があれば。
そんな事を思ってあたしは席に着いた。