「・・・いや、別に。三枝、可愛いなーって」
「うむ、私もたまに衝動に駆られるのでそこは強ち否定しない。しかし美綴嬢がとは珍しい、と思ってな」
「いやぁなんか抱き心地良さそうで、今日はなんとなくついふらふらっと」
適当に返していたら、氷室がにやりと笑った。
「しかしどうせ抱きつくなら惚れた男にした方が余程気持ちいいだろう?」
「――――え、」
なにそれ。
「っかー!さすがやるときゃやる女は言う事が違うねー!」
思わず絶句したところへ、蒔寺が割り込んできた。
「っ、蒔ちゃん!」
「えーなになに?氷室の武勇伝?」
真面目な三枝が窘めるってことは何かあるんだろう、都合が良いのでこれに乗って話の流れを変えてしまおう。
「いやなに、武勇伝という程の事など何も無い」
言いながら絹のような髪をゆるくかき上げる彼女の仕草は、何故今まで気づかなかったのだろうと思うほどに女性的だった。
「しかし、一応由紀香に声を掛けてから抱きしめるあたり、美綴嬢は誠実なのだな」
「あー・・・うん?つーか、いきなり飛びかかったらビビるだろ」
「確かにそうだが、世の中にはそんなことを全く意に介さない奴も居るのでな」
と言いながら氷室が流し目をくれる先には当たり前のように蒔寺の姿。
「あたしかよ!?」
「誰も蒔の字とは言ってないだろう」
黒豹が吠える。
「ま、流石に蒔寺も他人にいきなり飛び掛ったりはしないよな?」
「しねーよ!ただし人でなくうまいもんに対してはその限りでないことは補足しちゃうぜ」
「ふむ、しかし自然界ではそういう奴の方がいざとなれば生き残るからな」
「アタシはケダモノかい!?」
「いやだから蒔寺の事だとは一言も言ってないだろう、ふふふ」
三枝は黙ってにこにこして見ている。これがこいつらのペースなのか。
とか思ってると、予鈴が鳴った。
「やべ、次音楽だ。由紀っち、男子たちから縦笛は返してもらったか?」
「えっ、今日縦笛なんているの!?」
「由紀香、今のは蒔の字なりのちょっと難しい冗談だから気にするな。私ももう美術室へ行くぞ」
次は選択授業だ。それぞれ教科書を取りに席に戻り美術室へと向かい、日差しの強い廊下の角を曲がって日陰に入ると一瞬視界が暗転する。
それにあわせるかのように、背後から静かな声が聞こえた。
「――――――居るのだろう?」
「――――――――へ?」
声の主、振り向いた先には教科書と画材を持った氷室がいた。
「抱きつきたいような相手が。・・・先ほどの様子で、余りに驚いてくれたのでふと思っただけなのだが。参考までに、私は口は堅いぞ」
穏やかな笑みを浮かべて、あたしを見ている。