彼女の表情から笑顔が消えた。
――――――明らかに、彼女は何かを知っている。
「――――――それが何に由来しているかは?」
「・・・それは彼のプライベートね。私が話していい事じゃないと思うわ」
先程の問いとあわせて、遠坂嬢の方針は分かった。自分に関しては話すが、他者の事は話すつもりがない。人として当然にして立派だ。
「・・・・・・・・・私は。あれを、直してやりたいと思っている」
これは質問ではなく、ただの独白。
ただなんとなく、呟かずにはいられなかった。
「――――――良い傾向だと思うのよ」
・・・・・・何が?
再び、彼女は微笑んでいた。ただ、こちらを見ずに。
「最近、たまに貴女の事を話すようになったわ。衛宮くん」
「そうか。衛宮の話では、私はさぞ破天荒な女ということになっているに相違ない」
「そんな事無いわ。彼、感謝してたわよ」
「?感謝されるような事はあまりした覚えは無いんだが」
だまし討ちを喰らわせた事はあったが。
すると、当たり前のように彼女は言った。
「何言ってるのよ。『好きになってもらえて嬉しい』ってことよ」
「・・・・・・そうか」
ただの一言で、背筋を身震いがするほどの悦びが駆け抜けた。きついアルコールを一気にやるというのはきっとこんな感じなのだろう。
感謝でなく好きだと言ってもらえればなお良いんだがな、と返した私の声は少し震えていたかもしれない。
「――――――さて。もしお話がこんなところで良かったら、そろそろ帰りましょうか。身内にちょっと病人がいて治療に付き合ってやらなきゃいけないの」
「そうか、それは知らぬ事とは言え引き止めて悪かった。私はいま少し空でも眺めて帰る」
恋する乙女はロマンチストなのでな、と軽くおどけると彼女はじゃあ、といって出入り口へと向かい始めた。
「その御家族に宜しく。平癒を祈っている」
「ええ。まあ、ようやく治療の目処も立ってほぼ大丈夫と思うんだけどね」
「そうそう、氷室さん」
来たときよりも大分長くなった彼女の影をぼうっと眺めていたら、振り返った彼女に声を掛けられた。
「貴女と戦争するような羽目にならなくて良かったわ。もしそんなことがあったなら、やられてたかもしれないもの」
・・・戦争とは、彼女にしては随分唐突な比喩だ。
「それは光栄だ。今後とも恋敵とならない事を祈っている」
「多分それは無いわね。それとあと」
笑顔のまま、彼女は続けた。
「もし出来ればだけど、彼のこと愛してあげて」
笑顔の中の真剣な視線。
――――――女の直感が、反応した。
衛宮のあの表情が消える事と関係がある。少なくとも、遠坂嬢はその可能性があると思っている。
「現在愛せているかといえばおそらくそうではないだろうし、衛宮がそれを望むかどうかもわからない。しかし、現在の私は彼を愛せるようになるといいと思っている」
答えながら唐突に、一連の彼女との問答を通して質問の仕方を学習した。
彼女は他人の事には答えないが彼女自身の事については答える。
それならば。
今日最後の、彼女に対する問いを私は発した。
「遠坂嬢は、衛宮は愛情に飢えている、あるいは不足していると思うか?」
「私は思うわ」
夕日の中で答えた彼女の笑顔は、今度は混じり気のないものに思えた。
彼女の疑問(2) 了